バカの穴
『ここを覗くとバカになる』
公園の地面に穴が開いていた。まるでレーザーで穿たれたかのように細く長い穴が空いてあり、中は深く底が知れない。そしてその穴の周りに、『ここを覗くとバカになる』と書かれているのだ。
「俺覗くぜ」
「バカになるってよ」
「もうバカだからいいんだよ」
バッカでーと、笑いながら小学生の集団の中の一人が穴を覗く。
「どう?」
「なんもない」
そのあと遅れて公園にやってきた友達が、最新式のマウンテンバイクに乗ってきたので、話題は一気にそっちにかっさらわれた。穴のことなど、すぐにみんな忘れてしまったのだ。
「うちの修一が最近なんか変なんだけど……なにか知ってる?」
「……わかんない」
穴を覗いた少年、修一の親は首を傾げていた。たしかに修一は常日頃から賢いとは呼べない子だったが、最近は本当におかしかった。
靴を履かずに外に出る。テストの点は60点から20点に。通いなれた店で迷子になる。
「……なあ、あの穴のせいなんじゃねえの。バカになっちまったんだよ」
「ありえるのかよ、そんな話」
「でもさ、やっぱおかしいだろ」
あのとき公園にいた友達たちもさすがにおかしいと思って、修一をバカから元に戻すべく話し合いをし、一つの結論を出した。
「なに? こーえん? サッカーやるの?」
「そうそう。だけど先にこっちこいよ」
修一を遊びに連れ出し、穴の元へと導く。そこには相変わらず深い穴が空いているが、その周りの文字は前とは違う。
『ここを覗くと天才になる』
バカを消して、天才に書き換えたのだ。
「ほら、見ろ」
「……? うん」
「天才になってきたか?」
「?」
効かねえのかなーと思いながらしょうがなくその日はみんなでサッカーをして帰った。
穴は、翌日になったらどこにあったのかもわからないくらい誰かにきれいに埋められていた。
*****
『……それでは、葉山修一博士からお話を伺いましょう』
『よろしくお願いいたします』
テレビの向こうでは、幼馴染みが語っている。かつてちょっとバカだった修一は、今や宇宙に関わる分野で次々と新たな発見をし続け、天才ともてはやされている。彼の発見によって日本の宇宙開発は二十年進んだとも言われているのだ。
あの、ちょっとおバカだった修一が、だ。
「…………………」
同窓会で集まって、たまたまニュースを見ていた同級生たちはみんな思う。まさか、だ。
「あの穴か……?」
俺も覗いておけば良かったかな、と誰かが呟いた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます