空中三角

 空中に、三角があった。


 わけのわからないことだが、本当だ。空の中に、オレンジ色の三角が微動だにせず浮いている。

「なんだあれ……」

 明らかな異物。風にも流されていないから、バルーンなどではない。しかも、周りの人間はそのことを一切気にしていない。

 なんだかしばらくじっと見詰めてしまっていたが、歯医者の予約の時間が近いことを思い出してハッとした。

「おっと早く」

 その次の言葉は、出なかった。

 誰もいない。男も女も子供も老人も。車も。さきほどから行き交っていた人々は誰もがいなくなっていた。塀の上であくびをしていた猫もいない。

 風も、ない。木々が擦れて少しうるさいほどだったのに。

 残されたのは自分と、痛いほどの無音。

「え? え?」

 混乱する。あちこち見回しても生命の気配がない。

「なに? なに? どっきり?」

 困惑しながらうろちょろしている自分。そんな自分を見下ろすかのように存在したあのオレンジ色の三角は、既に姿が消えていた。

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