無言実行
俺はひそかに兄に憧れている。
兄は有限実行ならぬ無言実行な人だ。何も言わずに難しい資格をとったり、周囲に誇れるような大きな仕事をなしていたり。そういうことをべらべらと自慢せずにサラリとこなす寡黙な兄のことを、密かにかっこいいと思っているのだ。
変わり者で誰とも会話をしたがらないので俺は家族だというのに少し兄と距離があるが、そこがまた孤高という感じでかっこよく見えるのだ。ブラコンとでもなんとでも言ってくれ。
「いいのかな〜それで〜〜?」
最近仲良くなった不動日陰は薄く笑った。
「なにがだよ」
「無言実行、なんだろ?」
「ああ」
「悪いことも無言実行しちゃうかもしれないじゃあん」
不動はよくしている軽薄な笑みを浮かべている。お前じゃあるまいし、と一蹴した。
「あれだろ? 前に家に行ったときにいた……この隣の部屋の兄ちゃんだろ?」
今は俺の部屋で俺と不動でくだらない話をしている。そして不動の言うとおり、兄の部屋は俺の部屋の隣だ。
「おにーさん、今日もいんの?」
「うん」
「ふぅん」
不動は考えが読めない笑みを浮かべるだけだ。付き合いが短いせいかこいつという人間の考えていることはよくわからない。
「兄さんは悪いことなんかしないって」
「黙って退職したりとかも?」
「それは……まあ、いつの間にか転職してたことはあったけど」
「家族との距離を感じますねえ、いけません」
なんだこの専門家みたいな口ぶりは。
「何がだよ。退職してそのままならともかく……」
「そうじゃなくてさあ」
ゴトッ!
重い音が隣の部屋から聞こえてきた。
「ほらぁ」
「?」
「様子見に行きなって。電球替えようとして怪我してるかもな?」
「あ、ああ……」
不動に言われるままに兄の部屋をノックする。返事はなく、扉を開けると……。
*****
「オーバードーズね。ふぅん」
「…………」
数日後、顛末を聞いた不動は意外でもなんでもない顔でスマホをいじっていた。
「変なふうにしているつもりはないのに、常に変人として扱われることにストレスを感じていた」
発作的に薬を大量に飲み、倒れてすぐに病院に運ばれて回復したあとの兄はそう語っていた。人との接触を避けていたのは、接触するとたとえ好意的でも"変わり者"扱いされるのが苦痛だったからだと言う。だから誰にも相談することもせず、そうしたそうだ。
「まあ家族で話し合えよ〜」
「うん……」
兄は別に家族に対して恨んではいないが、かといって信用もしていない。そんな歪な状況をなんとかすべく今は連日家族で話し合いをしている。
「ところでさ」
「なんでわかったんだよ」
「えー? なにがぁ?」
「いや、お前明らかに分かってただろ」
一回しか会ったことないくせに、随分と訳知り顔だった。さすがに察しが良すぎる。
「さあ? なんでだろうなあ?」
「……………」
明らかにとぼけている不動日陰。不動の口からはとらえがたい軽薄な言葉が出てくるばかり。
頬杖をついているその左腕の手首は派手な幾重ものブレスレッドで覆われていて、そういえばその下の素の手首を見たことがないな、と嫌な予感に囚われてしまった。
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