しあわせ

 毎日が辛かった。


 私生活は孤独で、仕事もうまくいかない。仕事から帰ったあと、晩酌をしながら匿名の掲示板でくだらない話をするのが唯一の楽しみと言っていい。

 でもその楽しみも、どこか空虚なものだとはかわっていた。匿名なだけあって、後に繋がるような出会いはないし、掲示板が廃れるかなくなるかしたら、それだけで終わりなのだ。

 ……ああ、もう一時か。いやだなあ、と思いながら、寝坊しないためのだけに電気を消して、横になった。


*****


『……きて! 起きて! 大丈夫?』

「……ん?」

 目を覚ますとそこはアパートではなかった。見慣れない、やたらファンシーな装飾の家。

『よかった。倒れてたんだよ、大丈夫?』

「う、うわあ! う、うさぎ?」

 自分の横でしゃべっていたのはうさぎだった。しかもリアルではない、二足歩行をした、ぬいぐるみのようなうさぎ。

『そうだよ僕はうさぎ! うさぎのラビーだよ! 君はねこさんだよね?』

「は……?」

 鏡を見せられる。なんと自分もファンシーにデフォルメされた猫になっていた、

「え、ええ……夢……?」

『迷子さんかな? 行くところないならお仕事手伝ってくれると嬉しいな』

「あ、うん……」

 言われるままに森の中の、自分よりも背丈が大きな花が密集した花畑に連れていかれた。

『この花の蜜を搾るんだよ』

 説明された通りに蜜を搾り桶に集めて、数時間後には桶二杯分になった。

 そのあとは桶を持って花畑を抜ける。花に隠れてわからなかったが他にも同じことをしていたやつらがたくさんいたらしく、デフォルメされたぬいぐるみのような二足歩行の動物が桶を持って歩いている。

『はい、1000G』

 監督者なのか、ふくよかでずっと座っていたパンダの前にある秤に桶を乗せると、お金をもらえた。どうやら重量に比例してお金をもらえるようだ。

『やったねー』

「う、うん……」

『お昼にしようか』

 昼ごはんのときに聞いたらどうやらこの世界は週に4~5日、午前中は働いてあとはのんびり過ごすのがスタンダードらしい。

 食べ物も飲み物も木にいくらでも生ってるから困ることもなく、家もある。光熱費も熱や光を放つ不思議な鉱石のおかげで必要なく、稼いだ金は娯楽や衣服に使うようだ。

 ストレスのない、夢のような生活。

『ねえねえ、良かったらいっしょに暮らさない? 一人で寂しかったんだあ』

「うん、そうする」 

 子供向けの絵本のような穏やかな生活。ああ、いいじゃないか。


*****


 強い空想はときに現実になる。それは一時的なもので、儚く消えてしまうものだが、なかには現実に存在し続けるものもある。

 それを私は、空想の欠片と呼ぶ。


「あ……」

 空に浮く、丸くて大きい"世界"がある。

 妖精さんに聞いたことがある。あれに導かれると戻ってこれなくなると。

 中はまさしく夢を具現化したような天国のような世界が広がっていて、あまりにも幸せでもどってこれなくなると。

 それは、疲れた"みんな"の祈りでできているという。死にたくはないでも、こんな世界から逃げたいという願いからできた"世界"だ。

「……外側はかわいくないなあ」

 それは死体から出来ていた。人も動物も妖精もお化けも、疲れた生き物を捕らえて養分とし、その魂は住人となって永遠の夢を見る。

 シュークリームに例えるなら、死体が皮でクリームの部分がその天国のような世界なのだろう。

「あ……」

 ふわふわと誰かが浮いて、その体が"世界"に接着する。まだ生きているようだが、そのうち死ぬだろう。

 そしてまた、夢のような世界の住人が増えるのだ。

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