夏祭りを君と

 私には霊感がある。だから神社の神様とお話しができるので、昔から仲良くしている。


『彼氏とかいないの?』

「……いませんけど」

『えー、もったいない。かわいいのに』

 近所の神社の神様。見た目は黒髪の若い着物の男の人だ。このやや俗っぽい神様は、たまにこんなことを聞いてくる。彼氏とか、片思いの人とか、そういうの。そのたびに私は「いません」と答えている。

『まあいいやいないならしょうがない。

 夏祭り、来るでしょ』

「はい」

 もうすぐこの神社で夏祭りだ。花火もあるし、毎年来ている。一人で。

『彼氏と夏祭りデートするなら神様の力でハッピーハプニングでも起こそうかなと思ってたけど……』

「いませんので」

『いないのならしょうがないなあ。まあ、普通に楽しんでよ』

 ケラケラと、神様は笑っている。


 夏祭り当日。私は髪を編み込んで、帯は紅、地が水色で金魚が描かれている浴衣姿で待ち合わせ場所のコンビニの前にいた。

「おっす三島」 

「こんばんは、不動くん」

 クラスメイトの不動くんが駆け寄ってきた。不動くんは私のことが好きらしくて「夏祭りの待ち合わせ何時にする?」と「いっしょに行く前提」で私を誘ってきた。こんな強引な誘いに乗ったのは、乗らなければ駅前のナンパよりもしつこい「お誘い」が延々と続くのが目に見えていたからだ。そういう子なのだ、不動くんは。

「髪かわいいじゃん。写真撮らせて。待ち受けにするから」

「だめ」

「浴衣姿なんてレアなんですけど」

「だめ」

 言いつつ、不動くんの姿を見る。浅黒い肌を意識したのか、白い浴衣に濃い藍色の帯を締めていた。

「普段着で来るかと思ってた」

「祭りだし」

 神社につくと既に多くの人がいる。それぞれ夜店の前には行列ができていた。

「あ~いいねぇいいねぇ。どこから行く?」

「とりあえず見て回ろうか」

 雑談をしながら、夜店を回る。焼きそばやたこ焼きは確保し、鈴カステラやジュースといった甘いものも買う。焼き鳥やチョコバナナみたいな串ものは人混みから外れて立って食べる。高校生だからお面やおもちゃには興味がないから自然と食べ物中心になる。

 射的や型抜きを挟みつつ、気付けば神社を一周していた。

「この辺でいいんじゃないかな」

「だなー」

 夜店から外れた位置の境内の一角で休憩をする。不動くんが抜かりなく持ってきていたビニールシートに座って、立ち食いできない焼きそばやたこ焼きといったものを広げた。

「この焼きそば焼いてんの親戚のにーちゃんでさあ。忙しいから話しかけなかったけど」

「バイト?」

「そうそう。焼くのうめーから毎年これで稼いでんの」

「不動くんも似合いそうだよね。屋台」

「面白そうだけど、屋台やってると見て回れねえだろうしなぁ。花火とかも見れるんかね」

「ここから花火って見えるのかな」

「いや、ここからじゃ無理じゃね。木が邪魔」

 食べながら話していると、背後に気配を感じた。

『彼氏いるじゃん~』

「……違います」

「え?」

「いや何でもない」

 神様。この神社の神様。不動くんに視えてないのをいいことに、じろじろと品定めをしている。

『年頃だし言うの恥ずかしかったんだね』

「そうじゃなくて」

『いやあ気付かなくてごめんね~。

 じゃあ僕は気を利かせた上で、静かに去るよ』

 ふっ、とロウソクの火が消えたかのように、瞬時に神様の気配も声も姿もなくなった。

「…………」

 彼氏でもなんでもないんだけど。

「何? お化け?」

「……まあ、そんなかんじ」

 不動くんは「ふうん」と言ってからたこ焼きを頬張っている。

「……よくこんな一人言が多い女のことが好きだね」

 前から気になっていたことがぽろりと口から出る。「痛い子」である霊感少女なんて、どうして好きになったんだろうか。

「だってかわいいしー」

「不動くんの友達もっと美人な子いるでしょ。泉さんとか」

「あの性悪は勘弁」

 不動くんの眉間に皺が寄る。

「あんなんと付き合ったら尻に敷かれるどころじゃねえよ」

「へえ」

「あれと比べたら誰だって女神だけどな、まあほら三島はかわいいし、大人しいけど言うことははっきり言うし、俺にビビらねえし」

 どれもこれも人付き合いをする理由にはなるけれど、恋に発展するようなものには思えなかった。

「お前を好きになったきっかけは、そうさね」

 クスリ、と笑う。

「秘密」

「……なにそれ」

 女子か、と思った。

「そういう話は付き合ってからな」

「じゃあ聞く機会ないね」

「まさか~」

 大きな手が私の手に重なった。

「なんなら……」

 体が近づいてきたと思ったとき、茂みから声が聞こえてきた。

「ああんっ」

 色っぽい声。まるで情事のような。

「…………」

「…………」

 嫌な予感がした。二人でその声がする方を見ると、茂みの向こうで男女が立って木にもたれかかりながら重なっている。青姦ってやつなんだろう。

「……こ……の……」

 不動くんが近くにあった拳大の石を掴んで躊躇なく向こうへと全力で投げつけた。幸いなことに石は木の幹に当たって跳ねた。

「盛っっってんじゃねえよクソが!!!!!!!! 殺すぞ!!!!!!!!!」

「やめなよ」

 頭とかに当たったらどうするつもりだったんだろう。

「ほらもう帰るよ」

「ちょっ」

 私は不動くんの手を掴んだ。

「このままケンカするのと、私と手繋いでどこか行くの、どっちがいいの」

「そりゃお前だけど!」

「そう。ならキリキリ歩いて」

 私たちはまた夜店の明かりの中に戻る。射的、焼き鳥、型抜き、ヨーヨー、たこ焼き、焼きそば。来たときに立ち寄ったり、見るだけだった夜店の前を通り過ぎて、鳥居の前まできた。

「もう」

「悪い悪い」

「すぐそうやって……ん?」

 手を離そうとしたとき、違和感があった。手が、離れない。不動くんが掴んでいるのではなく、二人とも離そうとしているのに、手が接着剤がついているかのように離れない。

「え、なんで?」

「あ……」

 ────彼氏と夏祭りデートするなら神様の力でハッピーハプニングでも起こそうかなと思ってたけど……。

 前に、神様はそう言っていた。さっき去るときも“気を利かせた上で“去るとか言っていた。だから、彼氏じゃないのに。

「お化け的なやつ? これ?」

「うん、まあ、似たようなの。ちょっとしたイタズラみたいなものだし、神社出ていけばとれるよ」

「ふう~ん」

「ほら、出ていこう。花火始まるし、見やすいところ河原のほうにあるって言ってたよね」

 出ていこうとする私を、不動くんが手に力を入れて止めた。

「……なんで?」

「やっぱ神社の中で場所探そうぜ」

「なんで」

「好きな子とはずっと手繋いでいたいに決まってんじゃん」

「……」

「な? いいだろ?」

「……しょうがないなあ」

 はぁ、とため息をつく私を見て、不動くんは顔をほころばせた。  


 私には霊感がある。

 だから、神様やお化けの声が聞こえるし、会話もできる。 

『コイツに殺されたの』

 だから、不動くんに取り憑いている幽霊の声も、ずっとずっと聞こえている。

「あっちとか、良さそうじゃん?」

『殺されて、埋められたの』

「……………」

 ずっとずっと、幽霊は不動くんの肩に体を乗せて、声を。 

『あなたも私と同じ目に遭う気?』

「……………」

「三島?」

「……なんでもないよ」

 私には、霊感があるから。

 不動くんは、多分────。

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