願うことはただ一つ
本当にこの呪いは効果があるの、とこっそり教えて貰った。
「いや、そういうのに興味はないから……」
「え、そうなの?」
私には霊感がある。たしかにおまじないとか呪いとか、そういうことにも興味はある。けれどそれは知識欲から来るもので、実行したいとはとても思えない。
「まあいいや、いっしょにやろうよ」
「別に呪いたい人とかいないので」
「嘘、絶対いるでしょ。嫌がらせとか、あるでしょ?」
「どうでもいいので……」
同級生の、誰か。そうとしか言えないくらいの薄い関係。なのに“霊感少女“なせいか、たまに元の関係性などおかまいなしにこの手の話題を持ってくる人がいるのだ。この子もそうだ。
「一人でやるの怖いから……」
「あなたのそれに付き合う義理なんてないんですけど」
無理矢理手をほどくと酷く驚いた顔をしている。小柄で無口なせいか、私は大人しい子だと思われがちだ。たしかに大人しいは大人しいが、嫌なことは嫌とはっきり言う性格だ。
「え、いや、だって……」
「…………」
いっそこのまま無言で立ち去ってやろうかと考えていると、肩に大きな手が乗った。
「あぁ? 何三島に絡んでんだテメェ」
ヤンキーみたいな態度の不動くんだ。
「あ、いえ、ごめんなさい」
同級生はそそくさと立ち去っていった。不動くんは体格も大きいしにらみつけられると怖いのでこういうときに来てくれると楽だ。
「ありがとう」
「御礼はキスでいいぞっ」
「それは嫌だからお菓子あげる」
不動くんの制服のポケットにおやつのクッキーをねじ込んだ。不動くんはさっそく包装を破いてそれを食べながら「なんだったのあいつ」と尋ねてくる。
「呪いのおまじないを手伝って欲しいって」
「キモ」
不動くんは一言で切り捨てると、同級生が消えていった方向に舌を出した。
呪いのおまじないの方法はこうだ。
短冊に「〇〇が不幸になりますように」と書き、自分の名前も入れる。それを、学校の裏の木の洞に入れればいい。
「で、なんでついてくるの。面白くないよ」
放課後、その学校の裏の木のもとへ向かうときに、不動くんもついてきた。
「俺の名前が書かれた短冊があったら面白いなって」
「……本当にあったらどうするの」
「書いたやつ思いっきりぶん殴ってやる」
ギラギラとした目でついてくるのを止めて欲しい。なにぶん美形で随分目立つうえにオラついてる人なので、本当にあってもおかしくない。
「……今日も入ってる」
「はー、陰険陰険。どれどれ」
不動くんが木の洞に無遠慮に手を入れて短冊を掴む。短冊にはやり方通り、自分と相手の名前、そして望みが書いてある。
「どいつもこいつも他力本願だな。自分でぶん殴……んん?」
────不動日陰が不幸になりますように うるさいし偉そうで嫌
「ほー………………」
書いた人間の性格を表すような小さな文字。書いたのはクラスの大人しい男子だ。不動くんの席の近くの子で、クラスでは不動くんの周りにはいつも派手目の男子女子がいつもいるから、大人しい子には酷な環境かもしれない。
「書いたのは岸本か。へー」
「……殴りに行くの?」
「いや、どうやって殴ったら面白いか今夜一晩かけてたっっっぷりかけて考えることにした」
「ダメだよ」
一応言ってみるが生返事しかこない。まだ心は殴る方に傾いているらしい。「しょうがないな」とポケットからペンを取り出す。
「こうしたらいいの」
────不動日陰が■幸せになりますように
岸本くんの名前を線で潰して私の名前を書いて、うるさい云々は二重線で消す。
「はい。これで呪われない」
「あら優しい」
「これ、簡単にできるくせに本当に効くからダメなんだよね」
他にもあった短冊も同様に書き換える。
「えー、何、これで短冊に書かれたとおり幸せになっちゃうとか?」
「なるかどうかはわかんないけど、とりあえず不幸にはならないよ」
風が吹く。目も開けてられないほどの暴風にしばし晒され、風が止んだと思い目を開けると手の中の短冊も、木の洞の中にあったはずの短冊も、一枚残らず全てが消えていた。
「えっ、何コレ」
「さあ……。でも一週間に一回こうやって短冊が消えたあとに不幸になるって聞いたよ」
「…………」
「こんな簡単にできるし、私だって逆恨みで呪われたらたまんない。みんなが“これ効果ないんだな“って思うまでこうやって地道なこと続けてるんだから。前に比べたら格段に減ったよ、短冊の数。
じゃあ、帰ろうか」
「おう」
「あと、殴りに行くんじゃなくて文句言うくらいに留めなよ」
「えー」
「学校で暴力はだめだよ。停学になるよ。文句言うだけならついてってあげるから」
「でもさー」
「あと教室での不動くんとお友達、ほんとにうるさいから静かにしてよ。そりゃ憂さ晴らしで呪いくらいするよ」
「あっ、すいません……」
しゃあねえな、と不動くん。殴るのは諦めたらしい。
「どんな風に文句言うか一晩考えるか」
「……手加減してね」
「えー」
どうしようかなあ、と愉しそうな不動くんに私はため息をつくのだった。
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