布団虫

 お布団には、布団虫さんがいる。


 白くてふわふわで、かわいいのだ。お布団が大好きでお布団やベッドの上で身を寄せあって眠っているのだ。

 例えば、一人暮らしの人のお布団に布団虫さんがきたら、こうなる。

「ただいまー……誰もいないけど」

『きた』

『きたー』

「はあ、疲れた」

 手を洗い、コートや靴やもろもろを脱いでベッドに横になる。

『たっち』

『たーっち』

 視えていようがなかろうが、布団虫さんに触れられるとお布団で眠りたくなる。一気に眠くなるわけではなく、じわじわと、じわじわと、"眠りたくなる気持ち"が増えていく。布団虫さんは、お布団でいっしょに寝るのが大好きだから、たとえ人間でもいいから一人でも多くの生き物と寝たがるのだ。そのために、布団の持ち主を『早く眠りたくなりますように』と"眠りへの欲求"を体に入れるのだ。

 それは、他のことをしなきゃいけないという気持ちを溶かして削った隙間に入れる。ご飯を食べてないとゆっくり眠れないだろうからそこは溶かさない。お風呂に入ってないと気持ちよく寝れないだろうから、それは溶かさない。トイレにいかないとすぐ目覚めちゃうだろうから、それに関しては溶かさない。

『"イラストのつづきを描かなくちゃ"だって』

『いらすとー?』

『わかんないけど、おっきいね』

『でも、固くないから溶かせるよ』

『溶かしちゃえ』

 えいっ、えいっ、と趣味への意欲をとろかして、その隙間に眠りへの欲求を押し込んだ。そうすると、人はやらなきゃいけないと思いつつ、ダラダラ過ごしてしまうようになる。溶かした意思は一眠りすると元通りになる。なお、締め切り前、生来の生真面目など、"強固な意思"であった場合は溶かすことはできない。

「ふわあ……」

 結局、大半の人はたいしたことをしないまま、やることを引き伸ばして眠ってしまう。

『おやすみー』

『おやすみー』

『おやすみー』

 おやすみの大合唱と共に電気が消された。それはいつもいつも繰り返される、よくある日常の光景である。

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