退屈を壊すもの

 昼に町をぶらぶらしていると、知らない集団に話しかけられた。

「おい……あんた、おい!」

「ん?」

 全員二十代から三十代くらいだろうか。男女があまり芳しくない表情で俺を見る。

「あんた、あの屋敷のやつだろ!?」

「は?」

 屋敷って何。

 ここ最近、屋敷と言えるような場所には行っていない。過去に遡るなら廃墟となったお屋敷で蛮行をした記憶はあるが、多分関係ないだろう。だってあのときは死体と化け物としか会ってないし。

「三日前に、蕪木さんの家にいたやつ」

「人違いですねー」

 そんなところ行ったことないし名前すら聞いたことない。だが目の前の男女は謎の確信を持って話しかけてくるが、怒りの気配はないしこちらに否定されて困惑している様子でもある。厄介事ではあるが、理不尽に怒鳴られたりとかそういうことはなさそうだ。

 そして今の俺は、暇だったりする。


「ふんふん、つまりある日、この巫女さん以外の人は突然体に痣が出て、それ以来悪夢にうなされるようになったと。それが神社に昔から伝わる悪霊が振り撒いている呪いの犠牲者の様子と同じだと」

「そう。そしてこの症状は私の実家である神社の一族がかかる呪いと同じもので、数多の死人を出したものです。その神社の孫娘としてこの方たちといっしょに呪いを解くために昔の資料を探してたら、この世のものとは思えない化け物に襲われたのです」

「なんとか倒したんだけどこのままじゃ安心できないだろ? 相談してたらあんたと同じ顔した男が出てきて意味ありげなこと言って化け物のしたい回収していったんだよ。名乗れっつったら『この顔の名前は、不動日陰だね』って」

「はー」

 さっぱりわけがわからないオカルトな話だが、たった一つだけわかることがある。

「とりあえず……顔の使用料はもらわねえとなあ……?」



*****



 アーケード街のベンチで休んでいたときのことだ。よく見る顔が話しかけてきた。


「よお~! 三島! 偶然!」

 承諾もなしにベンチに座ってこられる。整っている、気の強そうな顔はその通り。

「……で、誰?」

『"この状態"でそれがわかるのはすごいなあ。そこまで霊感強いのはなかなかいないよ』

 じわ、と今まで抑えられていた怪しい気配が染みてくる。見た目は不動くんだが中身は違う。だが、乗っ取られてるとかそうではなくて、本当にただ見た目"だけ"だ。

「人の顔借りるのは勝手だけど、借りた顔の生活圏でやるのってどうなんですか?」

『おっ、そこまで分かっちゃう?

 いやあ俺もね、この"顔"を見つけたのは東京だからここで使ったんだけどさ、いや~仙台の子だったんだ。旅行にで来てたのかな? 失敗失敗。おかげで僕が絡んでた子が……この顔の子、不動くんだっけ? に話しかけちゃったよ』

「で、どうなったんですか」

『なんかむしろ不動くん? この顔の子が首突っ込んじゃった』

 ニコニコと、笑って。

『もう彼は彼らの"物語"の登場人物になってしまった。結末は死ぬか生きるか。まあ、今ならまだ展開次第では安全にフェードアウトもありえるけどね』

 その瞳を眺めても、何を考えているかは読めなかった。漆黒の黒目には、私すら映っていない。

「はあ……で、なんで私に話しかけてきたんですか」

『いや、さすがに顔を選び間違えた僕のミスだからね。少しサービスをしようと思って。君は"霊感少女"なんだから、なおさら都合がいい。"彼ら"の攻略のヒントをあげよう。友達が巻き込まれたんだし、伝えてくれないかな。

 僕は今回は敵対する立場だから、直接教えるのもねえ』

 直接伝えるわけにはいかないんだよね、と。見慣れた顔で笑うそれは、人間ではないことは確実だが、それ以外は読み取れない。

 いつの間にか、ベンチの周りの空間には誰もいない。日曜日の昼下がりで、たくさんの人が歩いていたはずなのに。入り込んできたハトも、ベンチの陰で休んでた妖精さんも、天井付近でうろうろしていたお化けも誰もいない。

「なんなんですか、あなた」

『さあ? 本当の僕の名称はなんだろう。名前を聞かれるたびに借りてる姿が普段使っている名前を答えていたよ。まあ、あえていうならナナシかなあ。名前がないから。

 僕はただ人が"退屈な日々を壊してほしい。刺激が欲しい"という願いからいつの間にか生まれてただけで、それだけが存在意義だからね。まあ、神様でもお化けでもなんでもいいけど、超自然の存在だよ。誰かが退屈したら僕がときどき現れて退屈を壊すし、退屈な人がこの世からいなくなったら消滅するよ。

 人が退屈じゃなくなるのならなんでもするし、なんでもできるよ。まあ、基準が曖昧な願いから生まれた存在だからね。その刺激が悲劇か喜劇かは人次第だね』

「そうですか……」

 先ほどは反射的に聞いてしまったが失敗だった。これは関わってはいけないやつだ。興味をもつだけで、良くない結末に繋がりかねない。

『まあ、とりあえずこれよろしくね』

 メモを手渡される。誰かの錯乱したような走り書きだ。

『僕は人の退屈をなくすために何十年か前に人の願いを叶えた。現代どころか当時ですら倫理的にアウトだったせいかな、結局それは数十年経った今、何も知らない子孫や本来その件に関係ない人まで巻き込んで騒動を起こしているみたいだ。とうとうこの顔の子も巻き込まれてしまった。

 "それ"を彼らが読めば、ハッピーエンド方面で解決するヒントにはなるだろうね。できるかは保証しないけど』

「はあ……」

『まあ、どんな事態になったって君にはそのキューブがある』

 コロン、と手の平に黒いキューブが転がる。家の机の引き出しにあるはずのそれは、前に夢の中のバトル・ロワイアルに強制参加させられて優勝したときに主催者らしき存在からもらったものだ。……もっとも、参加者を皆殺しにしたのは不動くんだが。

 優勝賞品であるこのキューブは、一回だけどんな願いが叶うという。

『アレらの趣味の悪さは感心しないけど、それの力は本物だ。使いたいときは使うといいさ』

「………………………………」

『この顔の子を助けるために使ってもいいし……自分のために使ったら、その"霊感"も、消えるだろうね。ただの女の子になれるよ』

「………………………………」

『じゃあね。そのメモをこの顔の子に渡すといいよ。厄介事に首突っ込むの好きなのかなぁ……もうそろそろ引き返せなくなるからね、この子』

 不動くんそっくりの顔をちょんとつついたあと、ほんの一瞬のまばたきのあとには消えていた。

 アーケード街に人が戻る。迷い混んだハトは人を恐れず歩き、妖精さんはベンチの下で一眠り。天井近くのお化けはお店の看板に腰かけてじっと人混みを見つめている。

(これを使えば霊感が消えるのか……)

 霊感がなくなったらいいなって、今まで何度思っただろうか。何度も何度も考えてきた。

 何度も何度も。そしてこれを使えば、その願いは叶う。

「……………………………………」

 アーケード街の入り口に青紫の不定形のお化けがいる。そのお化けはスライムに似ているが、その上部には大きな口のようなものがついている。それは人混みの合間でゆらゆら揺れていたが、突如体を伸ばして近くにいた女の人の頭に食らいついた。

「痛っ」

「どうしたの?」

「いや、急に頭痛が……すぐ治ったけどなんだろう……」

 女性は、そのまま立ち去っていく。女性の頭に黒い靄がかかっているのが見えるのは霊感がある私だけだろう。青紫のお化けは咀嚼をしながら、周りを観察するそぶりをする。

 ……とりあえず、どんな選択肢をとろうがあっちの入り口はもう使わないことに決めた。

 携帯が鳴った。

『あ、もしもし三島?』

 聞きなれた声。さっきの不動くんもどきと違って、不気味な気配はちっともない。本人だろう。

『ちょーっとお前の霊感に頼りたいんだけどさぁ。奢るから!』

「………………………そう。いいよ、こっちも渡さなきゃいけないものがあるし」

 集合場所を聞いて、お化けがいるほうとは反対側へ歩みを進める。少なくとも今日は、霊感を手放すわけにはいかなそうだ。


 なんでも願いを叶えるキューブは、まだ手の中に。

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