祀られた

 どうしてこんなに愚鈍なんだろうと自分でも思う。


 とにかく遅い。歩くのも走るのも食べるのも遅い。その上不器用だから、畑を耕すのも、稲を刈るのも、何かを編むのも、作るのも、なんにもできなかった。ただゴミを生み出すか、ゴミでなかったものをゴミにしてしまうだけだった。

 そんなにダメな人間だから、誰からも好かれず、親からも見捨てられて、そして誰も知らないうちに事故で死んで、誰も知らないうちに獣に肉は食われて骨になった。

 死んで幽霊になったあとは、なんとなくたまたま近くにあった大きな石に寄り添ってぼんやりしていた。虫や鳥の鳴き声や川の音、雨の音、風の音、遠くの喧噪。何も邪魔されることなくそういったものにぼんやり聞き入ることができて、生きているときより幸せだった。

 死んでから数十年経ったある日、子供の泣き声が聞こえた。山を越える前に夜になってしまい道が分からなくなってしまっている家族がいた。

 ……獣の唸り声が聞こえてきた。近い。複数いる。家族も分かっているのだろう。明らかに怯えている。

 なんとなく、獣がおらず、近隣の村が近い道を指でさすと、子供には分かったのかそちらへ走り出した。そしてそれを親は慌てて追いかけていった。

 翌日、無事に山を越えた一家が、お礼としてささやかだが花やら水やら食べ物やらを捧げにきた。それ以降、一家はこの石をきれいにしはじめた。まるでお地蔵さんのような扱いである。そしてしばらくしたら、他の村人からも拝まれるようになった。困惑した。

 そしてまたしばらくして、ある大雨の日に火の玉で一人遊んでいたときのことだ。何十年と幽霊をやっているとそんなこともできるようになっていて、火の玉を合わせて巨大化させたり、逆に何百もの小さい火の玉を作り出すこともできた。

『おおー……………僕にこんな才能があったなんて……』

 人よりも、熊よりも、建物よりも、樹齢何十年、いや何百年の樹木よりもなお大きい立派な立派な火の玉。

 どこまで大きくできるか限界に挑戦していたのだ。これ以上やると崩れてしまうだろう。

『ん?』

 夜だというのに人の気配がする。しかも、たくさん。

「逃げ切れた……逃げ切れたんだよな……!」

「ああっ、やはり、やっぱり……!」

 突然近くの村の村人が何十とやってきた。全員いるのではないかという数だ。

「やはりここには私たちを救ってくれる神様がおわすのよ!!!」

 あとで知った話だが、大雨で川が氾濫していたようだ。隣村があっという間に川に飲み込まれ、この村も時間の問題だった。真夜中故にどこに避難したらいいのかも分からず村中錯乱していたが、そんな折、暗闇の中に巨大な火の玉が見えたという。藁にもすがる思いで村人全員でこちらを目指したという。そしてなんとか命を拾ったのだ。実際朝になってみれば、村は完全に水没していた。ここまで一目散に逃げなければ巻き込まれていただろう。

「村はなくなってしまったけれど、神様はいらっしゃるわ。ここに神社を建てて、そしてここに新しい村を作りましょう」


******


『だから僕は本当は神様なんて言われて良いような存在じゃないんだけどねえ。瓢箪から駒さ』

「でも、しっかり祀られて今では本当の神様じゃないですか」

『まあねえ』

 私には霊感があるから、神社にいる神様とお話しもできる。元人間だという神様は、祀られ、信仰を得て、それが元で本当に神様といえる力を手にしたのだ。

『ま、僕なんかでいいっていうなら仕事はするさ』

 困ったように、そして少し照れくさそうに、かつて人だった神様は微笑んだ。

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