ドキドキさんの生命復活キット

 昔、花を育てていた。


 ミモザの花。中学生の時に所属していた部活の個人部門で県大会出場が決まったときに友達がプレゼントといっしょに小さい花束をくれたのだ。そのときの花がそれだ。

 プレゼントの腕時計ももちろん大切にしていたし今でも時を刻んでいるが、花も大切にした。花なんて育てたことないから、図書室に行って本を借りて真剣に調べたりした。

 でも、結局枯れてしまったのだ。元がただの花束だったからどんなにがんばってもいずれ訪れる未来だった。枯れてしまってからキレイなドライフラワーにしておけば良かったと気づいて、悲しくて、せめてもう一度だけキレイになってくれないかと願って、願って……。

 そこから先のそれは、夢かもしれない。

『はぁ〜〜〜〜い!!!!!! ドキドキさんだよ!!!!!!!!』

 部屋に突然現れた不審者。首から上が心臓のぬいぐるみの黒スーツの男。物を投げつけたって動じないし、階下にいる家族を呼んだけど誰も来やしない。直前まで外の車の音や電車の音、夜の散歩に出ている犬や飼い主がたてる音が聞こえていたのに、そのときは耳が痛くなるほどの無音だった。

『本日ご紹介するのは〜〜〜こちら! “ドキドキさんの生命復活キット“!!!! 君には復活させたい生命はいるかな? 人でも犬でも猫でもなんでもいいよ! これは少しの間だけなんでも復活させてくれるのさ!!! 聞きそびれた遺言とか聞いちゃおう!!!!!』

「…………………………っ!」

 木の枡を突き出しながら喋る男に圧倒されて、ただただ座り込んでしまった。

『ただし君の大切なものと引き換えだ! 命、お金、宝物、思い出、なんでもいいよ! 君にとって大切ならなんでもいい! 引き換えにしばらく命を復活させてあげよう!』

「……………っ」

 異常事態。異常事態。その時の自分が何を考えてたのかわからないが。

「……あの、枯れた花も、どうにかなりますか?」

 少なくとも、そう尋ねたことははっきり覚えている。


「…………」

 朝起きると、壁に飾っているミモザの花のドライフラワーが目に入る。結局一度枯れてしまったはずのミモザの花は、今も鮮やかな色で壁を彩っている。

 変な人が変な物で願い事を叶えてくれるなんて、物語みたいで夢みたいだけど、現実として花は蘇ったのだ。

 仮に全てが現実だとして、私は何を差し出したんだろう。お金も大切にしてたグッズも命も家族も友達も何も失っていない。

 ミモザの花を贈ってくれた友達は、そのあと親の仕事の都合で引っ越したがそれは前々から決まっていたことだ。

 ……ミモザの花。なんでミモザの花なんだろう。花なんて好きじゃないのに。記憶を掘り起こすと、たしかあの子はこう言っていた。

『前に好きだって言ってたから』

 花なんて興味はない。となるとミモザの花が好きという記憶を代償にしたのか? そんなに花が好きになる環境にはいなかったはずだが。

 ミモザの花を検索する。出てくるのは画像、学名、分類、季節。

 花言葉。

「……マジか」

 友情、感謝、あるいは、ひそかな恋。

「…………」

 友情はあった。感謝もある。まったく覚えがない気持ちが一つ。

 真実なんて全く誰もわからないが、もしかしたら随分とロマンチックなことをしていたのかもしれない。

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