ドキドキさんのタカイオニクタベタクナール

 我が家の財政は危うい。


 代々続く肉屋という家業も、売上が徐々に徐々に下降していっている。不景気な今だから客は安いスーパーに流れていくし、売れていくのはなんとかコネとツテを駆使して仕入れているスーパーよりも少しばかり安い鶏肉ばかりだ。

 このままではいけないのはわかっているが、豚肉や牛肉はスーパーより安いものは仕入れることができないし今さら高級路線に切り替えることもできない。周りは本当にごくごく一般的な住宅街しかないから、需要はないだろう。

 さてそんなときに出会ったのがコレである。

『やあ! ドキドキさんはドキドキさんだよ!!!!!!!』

 首から上が心臓のぬいぐるみの黒スーツの男。あきらかに人外。お化け。その類。昔から少しばかりそういうのに出会う機会はあったが、とうとう会話してしまった。

『お困りだよね? お困りだよね? そんなときのドキドキさんの商品はこちら!!! オニクタベタクナール!』

 変な香炉のようなものを差し出してきた。

『これをお店の中で炊くと〜なんと嗅いだ人いつもより高いお肉が食べたくなるのだ! 売上上がるよ! やったね!!! あ、セットでこっちのお香も焚いてね! 必ずだよ! 変なお客さん避けだよ!』

 こんな化け物に関わらないほうがいいとわかっているが、つい金のために手を出してしまったのである。

 さてどうなったかと言うと目に見えて客は増えた。売上倍増とまではいかないが、1.5倍くらいは増えた。高い肉が売れるようになったのである。気を良くした俺は定期的に心臓頭から香を買った。

「なあ、なんで香を二つ焚かなきゃいけないんだ?」

 あるとき、気になったことを聞いてみた。

「こっちは肉を食べたくなるやつだろ? こっちは?」

『変なお客さん避けだよ!』

「ああ……最初にそんなこと言ってたな。変なお客さんって、クレーマーとか?」

『んーんー、違うよ!!! ああいうの!!!』

 透明なガラス窓の外を心臓頭は指さした。その指の先、空き地の草むらの中に何かいる。

 

 ぎちぎちぎちぎち……


 歯ぎしりのような音が聞こえてくる。草むらに隠れて見えないが、鋭い歯を軋ませて空洞のような目でこっちを見ている何かがいた。

 明らかに言葉が通じそうにないそれが、こちらをしばらく見たあとふっと消えた。

『だめだよねぇああいうのが高いお肉を食べたくなっちゃったら。人のお肉ってお高いんでしょ〜?』

 心臓頭はケラケラと笑う。何も言えなくなった俺は、やっぱ化け物なんかと関わるべきじゃなかったかなと少し後悔した。

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