死んだあとのこと

 死んだ。雨で足を滑らせて、階段から落ちたから。


(…………)

 それが十日ほど前のこと。どうしようか。両親は既に亡く、兄弟もいない。かろうじて親戚が義理で簡素な葬式はしてくれた。

 恋人はいない。友達は社会人になってから徐々に失い、いないも同然。

『はあ……』

 息を吐く。今寝転がるのは、今はもう片付けられがらんどうになった元自分の部屋。この八畳の部屋で、物に囲まれながら生きていた。

 今の自分には何もない。ないないないのないづくし。命すら失って、まるでこの部屋のよう。

 仕事も、予定も、もう何もない。

 自分を縛るものすら、もうないのだ。

『……うん』

 起き上がり、外に出る。平日昼間の住宅街はずいぶんと静かだったが、アーケード街に出ると活気があった。主婦や子供や若者が、ゆるいスピードで歩いている。

「おかーさん、アイス買ってー」

「えー。じゃあ今日の夕飯の手伝いしてくれるならいいよ」

「するー!」

 のんびりとした光景。ああ、自分も子供の頃はあんなかんじだったな。

 アーケード街を抜ければ駅が近い。ふらふらと近寄ってみれば、観光地の宣伝看板があった。そういえば、一度行ってみようかと思って結局行ってなかった。土日は家でずっとダラダラしてたから。

 衝動的に電車に乗る。窓の外を景色が流れていくのを見るだけで、なんだか面白い。

(なんか景色がきれいってことしかわからないけど……どんな場所なんだろう)

 情報なんて調べてない。疲れは知らない体なのだ。のんびり行こう。自由に行こう。

 あの世に行く方法はなんとなく分かる。あの空にある、格別に光っている場所に飛び込めばいいのだ。それに期限があることも、その期限にまだかなり猶予があることも、なんとなくわかる。

(もう少しだけ……)

 もう少しだけ、この世を楽しんでもいいだろう。そう思いながら、美しき観光地へと、思いを馳せた。

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