誘拐

 変な薬を嗅がされて力が入らなくなり、気がついたら自分は廃工場の中にいた。しかも、腕と胴をぐるりと縄で縛られている。


「よお、お目覚めか」

 背後から声。振り返ると、ガラが悪そうな男が三人。

「誰?」

「まあ、誘拐犯ってやつだ」

 真ん中の男が、言ったあとにタバコの火を付けて煙を吐く。

「何で自分が攫われたのかわかるか?」

「……おっぱいが大きいから?」

「違えよ。金だよ金。テメエん家がちょっとした金持ちなのはわかってんだよ」

「…………」 

「身代金目的の誘拐ってやつだ。気分はどうだ?」

「……身代金目的の誘拐って、逮捕されやすいらしいけど? 金をもらうためにどうしても他人と接触しなきゃいけないから」

「おうよ。その通り。けどなあ」

 また、煙を吐いた。 

「なあお前、お化けって信じるか?」

「?」

「信じねえよなあ。その年じゃ」

 ニヤニヤと笑う。なんだろう。妙な居心地の悪さがある。それは自分が捕らえられているからでも、寂れた廃工場の中にいるからでもない。

 目の前の男たち以外に、誰かにじっと見つめられているような。

「黒い帽子、肌は紫色、目鼻はなく口だけがいくつもいくつもある化け物がいる。そいつはたいそう手癖が悪い。ちょっと意気投合しちまってなあ、宝石を山分けすることを条件に手伝ってもらうのさ」

 窓から、この季節にしてはいやに生温い風が入る。気持ち悪い。

「…………」

「ま、信じるか信じねえかはお前次第だ」

「そう……」

 少し面白い話を聞けた。とはいえ相手は誘拐犯。そろそろ反撃しなければ。


 ごとっ


 三人の内一人が倒れる。口から、抜けた歯が血とともに弧を描いて床に落ちた。

 顎だ。顎を蹴ったのだ。思いっきり。ああ、なんでこいつらは俺を拘束するのに手を抜いたんだ。舐められているのか。足だけ何も拘束しないで座らせておくなんて、蹴ってくださいと言っているようなものなのに。

「テメぼっ」

 もう一人顎を蹴り砕く。気分はワンピースのサンジだ。

「ぐっ……」

 残りの一人がタバコを吐き捨て、ナイフを構える。ナイフか。銃じゃないのか。

「何だよお前ら……」

 本当に、残念だった。銃を撃ってみたかったのに。

「そんな装備でこの日陰様に勝てると思ってんのか? ああ?」


*****


「また犯罪に巻き込まれてる……」

「楽ちかったでちゅ」 

「はいはい」


 無傷の勝利のあと、誘拐犯を引きずって家に帰ったら警察と親が待っていて、それで一件落着となった。今日も俺は何事もなく愛しの三島といっしょにいる。

「なー」

「なに」

「キモいお化けっている?」

「いるよそりゃ」

「肌が紫でー口がいっぱいあるーみたいな?」

「いるよ。まさしくそんなの。泥棒のお化け。いつも黒い帽子を被ってるの。泥棒が死ぬとときどきああなっちゃうの」

「………見てみたーい」

 あの誘拐犯の言うことは正しいようだ。つまり本物の霊感持ちか。

「今もさー周りにお化けとかいるの?」

「いるよ」

 周りは住宅と、少しばかりの畑がある。どうやって儲けているのか分からないが何年も経営が続いてる商店や駄菓子屋なんかも連なっている。平穏な日常にしか見えない。

「空には脳みそ風船さんが浮いてるし、あの庭の木には何かの妖精さんのお肉で作った干し肉が吊してある。道路にはなんだかお化けがバラバラになってる。争いがあったのかな。それを力が弱い妖精さんやお化けが切り分けてるの」

「血生臭えな」

 俺にはそんなの、ちっとも見えない。

「俺にも見えたら、それの話で盛り上がれんのによー」

「そんな話で盛り上がりたくないんだけど……」

 いつも憂鬱そうな三島は呆れ顔だ。

 でも俺は本気だ。好きな娘と世界を共有したい。ああ、本当にあの誘拐犯が羨ましくなってきた。

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