肉ビル

 肉でできたビルがある。


 通学路の途中、駅から近くてコンビニや居酒屋、個人病院、スポーツジム、商店など様々な建物が立ち並ぶそこそこ活気がある通りにそれは堂々と建っている。

 見た目はただの古い五階建ての雑居ビルだ。壁は退色して、ヒビが入っていて、ビルに入っている会社名を示す看板を見ても、ちっとも聞いたことがない会社が並んでいる。そんな、どこの町にもありそうなビルは、肉でできている。

「………………」

 気味が悪いからあんまり近寄りたくないが、このビル前の横断歩道を通れば便利なことが多いので、結局そこを通ってしまう。

 このビルは肉でできている。壁は触れば柔らかいし、ほんのり温かい。脈動もしていて、周りが静かなら呼吸する音も聞こえる。ひび割れている部分に耳を寄せれば、『何か』の声が聞き取れるし、カーテンやブラインドの隙間をじっとよく見れば、何百もの目玉が地上をじっと見下ろしているのがわかる。

 もっとも、そんなのがわかるのは私に霊感があるせいだけど。

「就職するとしたら、こういう古いビルの会社とか嫌じゃん」

「やっぱきれいなところのほうがいいよねー」

 就活生なのか、新品のリクルートスーツに身を包んだ若い女たちが指をさしてそう言っているのを見たことがあるから、私以外の人にも認識はされているのだろう。もちろん、霊感がないと普通のビルとしか見えないだろうが。

 肉ビルに人が出入りしていることを見るときはそこそこある。朝の通勤、通学の時間帯にはスーツを着たサラリーマンやOLが入っていくのを見たことがあるし、帰りの時間や休みの日には、運送業者が荷物を搬入、搬出しているのを見たことがある。

 だから、中に入っている会社はこの建物がお化けだと知らずに過ごしてるんだろうなと、そう思っていた。

 ある日のことだ。寄り道で遅くなったとき、珍しく通りには私と、段ボールを抱えたスーツの男以外誰もいなかった。考え事をしていてぼんやりしていたせいで、肉ビルに入ろうとしていたそのスーツの男とぶつかり、段ボールの中身が歩道に転がっていった。

「あっ、すみません……」

 反射的に拾おうとして、止まる。

 人間の女の首と、足首だった。

 それだけではない。歩道には他にもふとももや、手首や、指や、耳や、もろもろ他のパーツが転がっている。血は出ておらず、それだけならマネキンにも思えた。

『…………っ! …………………っ!!!』

 そしてそれらは、動いていた。足首から下は指が動き、膝は曲がり、指の関節もきちんと動いている。首は口をガムテープでふさがれ、泣きながら何かを訴えていた。首から下は、ないのに。

「……………………………………………………………」

 特徴がない顔のスーツの男は、無感動な瞳でじっと私を見る。私は自分の手で自分の口を塞ぎ、首を横に振る。男はそれを見たあと、バラバラの体のパーツを拾い上げて段ボールに詰め、肉ビルの中に入っていった。


 翌日、肉ビルの前を通った。

 肉ビルは、六階建てになっていた。近くを通る人は、なんの疑問にも思ってないようだ。

(昔は三階建てだったなあ……このビル……)

 数年に一回、階数が増えていく肉ビル。もしかしたら昨日のこと何か関係があるのかもしれない。

『……………………………………………』

 肉ビルのカーテンの隙間から、ブラインドの隙間から、無数の目が地上を見る。それはいつもバラバラの地点を見ていたのに、今日は全ての目玉が私をじっと見ている。

 きっと昨日の光景は肉ビルの存在そのものと何か関わりがあるんだろう。だがそんなあからさまな危険に首を突っ込む義理はないと、何も見なかったふりをした。

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