予定

 まだブラウン管のテレビが現役だった時代の話だ。


 その頃は一人暮らしをしていて、金曜の夜、すなわち休みの前の日はつまみと酒を用意して晩酌を好きなだけするというマイルールがあった。それをするとだいたいいつの間にか寝てしまい、目が覚めたら真夜中で、テレビは放送休止の時間帯の砂嵐が表示されているのが常だった。

「ううん……」

 その日も深夜テレビを見ながら酔っぱらっていたらいつのまにか眠ってしまっていて、テレビには砂嵐が表示されていた。

『本日 ノ、にゅーす、です』

「は?」

 突然砂嵐は晴れ、ニューススタジオもどきが表示された。通常ならアナウンサーの名前が記されているプレートにはひらがなと漢字を足して二で割ったような字が記されていて、デスクにはニューススタジオには似つかわしくない動物のぬいぐるみが、なぜか後ろ向きになってきれいに配置されている。

 何より、ニュースキャスターの眼孔にはなにもなかった。目玉もなくただ穴がぽっかりと空いていて、暗闇がこちらを見つめている。喋っていて開く口も歯も舌も見えず、塗りつぶしたような黒だけが伺えた。

「なんだよこれ……」

『本日 ノ、"大当たり"の方々、ををを発表、しま ス』

 ホラー映画か?と思って番組欄を見るが深夜帯にそのようなものはない。そもそも番組休止の時間帯だ。

『皆八木佳子サン、早部雄一サン……』

 キャスターは、次々と人名を読み上げていく。ただ空気にのまれて、じっとそれを聞き入ってしまっていた。

『葉柳紗奈サン、葉柳美南サン、佐川野仙一郎サン』

「はあ!?」

 大声を上げる。佐川野仙一郎というのは自分の名前だ。こんな珍名、他にはいないだろう。

『おめでとうゴザイマス』

 キャスターはぎこちない動きで頭を下げる。同時にぬいぐるみもまるで頭をさげたかのように前のめりになり、デスクの下へと落ちていった。キャスターは、反応することなくそのまま番組はまた砂嵐へと変化した。

 夢だ。多分夢だ。寝た覚えはないけど夢だ。

 そう思っていたが"目が覚める"ようなことはなく朝になり、やがていつも通りの鳥の鳴き声や生活音が聞こえてきた。

「……………………」

 なんとなく不気味で、その日、友達と釣りをする予定も、新しい豚カツ屋に行く予定も、一人で競馬場に行く予定も何もかもキャンセルして、一人家でじっと過ごしていた。

 そして、何事もなく土曜日は終わった。


*****


「葉柳~忘れ物~」

「どっちよ」

「紗奈のほう」

 葉柳紗奈とは私のことだ。双子の妹と同じ学校の同じ吹奏楽部なせいで、名字で呼ばれてもどちらのことかはわからない。

「名前で呼んでよ」

「はいはい。忘れ物するのなんてあんたのほうに決まってるでしょ」

「ひどい!」

 妹も友達も笑っている。実際そうなのだから困る。双子なのに私のほうが背が低くておっちょこちょい。……楽器の腕前は私のほうが上だからいいのだ。別に。

「お姉ちゃん、早く帰ろ?」

「そうだね。じゃあね~」

 みんなと別れて二人で仲良く家に帰る。同じ部活の子たちは家が反対方向なのだ。

「……美南」

「……大丈夫。いつも通りだったよお姉ちゃん。……私のほうは?」

「大丈夫。あんたもいつも通りだった」

 周囲には誰もいない。二人でふふっと笑い合う。

「秘密にするってけっこう大変だね美南!」

「そうだね! でもがんばって秘密にしなきゃ」

 ばれたら、きっと大変なことになるから。

 土曜日に、二人で気まぐれに買った宝くじが"大当たり"したのだから。

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