そのテーブルの上で
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
ただの女子高生なのに、拾った鉈をいざというときのための武器として握りしめながらそう思う。
いっしょにいるのは、全員今日初めて会った人たち。二十代の翻訳家、二十代の格闘家、四十代の心理学者。
みんな、目が覚めたら今いる洋館にいて、外に出られなくなっていたのだ。屋敷を一周しても誰もおらず、鍵がかかった窓やドアを割ろうとして格闘家の人がどんなに力を込めてなぐってもびくともしない。
しょうがなく改めて他に人がいないか探索しているうちに、隠されていた地下室から死体を発見してしまったのだ。そしてその頭部が欠けた、どう考えても生きているはずのないそれは、ゆっくりと起き上がり私たちに襲いかかってきた。
近くにあったスコップや鉈で応戦し、足を傷つけ動かなくして、地下室の入り口を重い本棚で塞いで、今に至る。
「どうも、この屋敷のご主人……イギリスの方のようですけど、元々オカルトを好んでいたようですね」
部屋で見つけた、英字で書かれていた日記に何か情報がないか翻訳していた翻訳家の人が声を上げた。
「毎日日記を書いていたようですが、内容は普通の日記です。たまに好みのホラー小説が手に入ったとかその程度。ですが三年前の五月のみ一切記載がなく、それ以降は一気にオカルトにのめり込んでます。今までフィクションを楽しんでいただけなのが、自分で儀式を実践してしまうほどに。これ以降となると専門用語らしきものが多くて翻訳できない箇所も多いです」
「その五月は、ページが破りとられてるのか?」
「いいえ、その様子はありませんね……」
「あの、その人って他のご家族とかいらっしゃらないんですか……? 一人暮らしじゃないですよねこんな家……」
おずおずと、私は尋ねる。
「日本人の奥さんがいたようですね。三年前の四月までは日記にたびたび記されています。ただオカルトに傾倒したあとは一切記述がないので、その後の様子はわかりませんが」
「ふーん、嫁さんの日記とかありゃあ何かわかるかな?」
「可能性はありますね」
「奥さんの部屋、か……二階か? まだ探してないよな」
「行きますか」
床に置いておいた、救急箱を持ってみんなについていく。私は将来看護師志望だから、もし誰かが怪我をしたときに手当てをするためにこれを持ち歩いているのだ。この救急箱は、なぜか目を覚ましたときには既に持っていたものだ。
(でもなんだろう、この違和感……)
屋敷を探索しながら、なんで知らない人たちとこんなことをしているんだろうとぼんやり思う。
目が覚めたときには見知らぬ人たちと知らない屋敷。鍵をかけられて開かないドアと窓。それはどんなにがんばって壊そうとしても壊れない。だから、鍵を見つけて屋敷の外へ。そのためにも、みんなで協力して行動しよう。
「三年前の五月が鍵、か……」
「日課の日記を書けないような何かがあったんでしょうね」
なのになんだか、脱出より屋敷の謎を解くことに興味が向いているような。
『──────』
『………──────』
ざわざわ。
ざわざわ。
どこか"遠く"で人の声がする。とてもとても遠いところから、それは私たちの手の届かないようなところから。
それを私は誰にも言わない。誰かに言うことではない。
「あった。ここだ」
奥さんの部屋らしきキレイな部屋にみんなで入る。中には机、椅子、ベッド、本棚、クローゼット。
『……では、全員で"目星"を』
カラコロと、サイコロをふる音がする。
『成功』
『失敗』
『失敗』
『失敗』
『では心理学者が、本棚から奥さんの日記を発見します』
「お、これじゃないか。えーと、三年前の五月……」
心理学者さんが、本棚に収まっていた分厚い日記を取り出した。みんなで読む。
『日記は最初は普通の内容が書かれています。三年前の四月あたりに主人が箱庭作りにはまったという記述があります。他人の趣味には口出しする気はないけれど、ご主人が作り上げる箱庭は、ホラー調なので奥さんは好みではないと書いてあります。
また、奥さんの日記は二年前の三月で終わっています。これ以上の情報を得たい場合は一時間かけて読むか、"図書館"に成功してください』
『じゃあ、俺やるわ。図書館ならいけそう』
カラコロと、またサイコロの音。
『成功』
『では女子高生はこんな記述を見つけます』
「このページに、旦那さんがこのお屋敷の箱庭を作ったって書いてありますね。でも気持ち悪くて怖い装飾がいっぱい施されていて、奥さんは怒ってる……」
パラパラとめくったページで偶然目にはいったその文章を要約する。
「オカルトにのめりこんだ男……用意された箱庭……なあ翻訳家さん、さっき六月以降は専門用語が多くて内容がわからないって言ってたけど、わかる範囲でなにかないか?」
「そうですね……強いて言うなら何かを信仰していたようだったのと、理想を実現する、といった文言はよく見られましたね」
『もうちょっと情報欲しいなー。"アイデア"成功したらおまけしてくんない?』
『いいですよ』
『成功』
「ああ、あと、奥さんに不気味だからと箱庭を壊されそうになって怒っていましたね。どんな箱庭とは書いてありませんでしたが、儀式必ず必要なものなのに、と」
「儀式ってなんの」
「記載してありましたが訳せない単語が多く不明です。造語か、オカルト面での僕の知識不足故ですね」
「奥さんは他人の趣味には口出ししない主義なんだろ? それなのに壊そうとするとか、その壊そうとした箱庭ってこの家を不気味にした箱庭なんじゃねえの?」
格闘家が言う。みんな異論はない。
「じゃあ、その箱庭、重要そうじゃないですか? 今まで見た部屋にはなかったし、他の部屋を探してみましょうよ」
そしてみんな部屋を出る。
『では、どの部屋に入りますか』
『そうだなあ』
遠い遠い"どこか"からの声。私にだけ聞こえてるんだろうか。みんなにも聞こえてるんだろうか。
仮にそうだとしても、誰も口には出さない。だってそれは不要な情報。共有しなくて良い情報。
『じゃあ、奥さんの部屋の隣の部屋に』
「じゃあとりあえず隣で」
隣の部屋に、みんなで入る。この屋敷から脱出するというゴールを目指して、この屋敷の謎を解こう。
"私たち"はそうしなければならないのだから。
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