泥棒の印
「あっ」と不動くんが小さく声をあげた。
「どうしたの?」
「これ、泥棒の印じゃん」
知らない人の家の、塀に備えられた色褪せた表札。そこには隅のほうに○や✕、数字が書き込まれていた。
「あ、テレビで見たことある。たしか留守の時間とかのメモだよね」
「そうそう」
そして不動くんは鞄からメモとペンを取り出し、「表札に泥棒が落書きしてるぞ」とだけ書いて家のポストへとメモを差し込んだ。
「ああ、いいことをした。一日一善ってやつだな」
「そうだね」
「つまりもう今日は悪いことしかしなくてもいいってことだよな」
「一日一善ってそういう意味じゃないよ」
知ってるくせに、と言うとケラケラと笑っている。
「盗む予定の相手にマークをつけるのって、妖精さんやお化けもやるんだよ」
「へー。どんなの書くの」
「こんなの」
言って、不動くんの襟首を掴んでずり下げる。
「何!? えっちなこと!?」
「そんなわけないでしょ」
そして露出した"それ"をスマホのカメラで撮影する。前に暑いとか言って教室で脱いでいたときに見つけたのだ。
「……なにこれ?」
「泥棒の印」
○と線の組み合わせ。そして、今日の夜を示す数字。それが不動くんの背中、肩甲骨の間より少し上に記されていたのだ。
みんなには妖精さんが書いたものが見えないけど、私には分かる。そして私が撮影すると"心霊写真"としてみんなにも見えるようになるのだ。
「何盗まれんの? 皮とか肉?」
「さあ? とりあえず、ハッカ油でスプレー作って部屋に吹き付けてね。妖精さんはあの匂い嫌いだから」
「虫かよ」
そう言いつつ、進路をドラッグストアへと変更した。
*****
夜になった。さて、三島が言う通りなら今夜にでも"妖精さん"とやらが、皮だか肉だか知らんが盗りにくるはずである。
「月が赤いなあ……」
今夜の月は不吉な色だ。もしかしたら何か見えるかもしれない、そんな気がしてきた。ハッカ油のスプレーを撒いて、電気を消して寝たふりをする。
(まあ来てもぶち殺してやるけど)
鍛えた拳、あとはナイフとスタンガンも押し入れから出しておいた。これだけあれば小さい妖精さんぐらい大丈夫だろう。
『あ゛ー…………………?』
家族のものではない、いやに野太い声がした。それは、窓の向こうから。
『なんだ、なんだあ、臭えぞここ……』
それは、半端に空いているカーテンいっぱいに広がる目玉。目玉の黒目に見えた部分はさらに色が濃い眼球が詰まっていてぎゅるんぎゅるんと部屋を見渡している。
『ハッカ臭え。だめだだめだ。せっかく美味そうだったのによお……』
はあ、と残念そうにため息をついて、化け物の声が遠くなっていく。
『脊髄抜いて、髄液ちゅるちゅる啜りたかったのによお……』
本当に至極残念そうな声はやがて遠くなっていき、次第にいつもの夜がやってきた。
「妖精さんじゃないじゃん………………」
さすがにすぐには現実を受け入れがたく、静かな部屋で、ひきつりながらそう呟いた。
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