いたいのいたいの
二年生か三年生の春頃に、不動くんが体育の授業で転んで怪我をした。
私は別に保健委員でもなんでもないのに不動くんは駄々をこねてこねてこねて私にいっしょに保健室に連れていってもらうことに成功した。
「子供みたいなことしないでよ」
「未成年は子供なんだよな」
多分屁理屈ならいくらでも思い付くであろう口はペラペラと言葉を繰り出してくる。転んだときの怪我は本当で、脛の辺りはけっこうな広範囲の皮がやられて出血もしているが本人はまったく気にする様子はない。
授業中で静かな廊下を、思い付いた言葉をそのまま口に流しているような、反射的で軽薄な言葉が滑っていく。
「でさあ~」
「ついたよ」
言葉を遮って保健室の扉を開く。「保健の先生は今日はお休みです」という札が下がっているので、薬がしまわれている戸棚には鍵がかかっていた。代わりにガーゼや包帯や絆創膏の箱が机の上に広げられている。
「おっきい絆創膏貼って早く戻るよ」
「ええ~~いいじゃん。サボろ?」
「真面目に授業受けなよ」
「ん~~、じゃあさあ」
いたいのいたいの飛んでいけ、やって? と微笑まれた。
「幼児?」
「やってもらいたいんだよ。さっき転んだときも受け身とったら多分もっと軽い怪我で済んだんだろうけど、三島に『飛んでけ~』ってやってもらえるかもしれないと思うと受け身をとる手が止まった」
「自業自得……」
冷たい目で見るが、いつもの通りヘラヘラしている。
「じゃあ妖精さん式の『いたいのいたいの飛んでいけ』してあげるね」
「なにそれ」
「『いたいのいたいの飛んでいけ』って言うときに妖精さん式の印を結ぶと本当に痛いのが飛んでいくんだよ」
「NARUTOみたいじゃん。やってくれよ」
「成功率は七割だよ」
「ガチャやTRPGなら確信を持って突っ込んで行くけどポケモンなら信用できねえ確率だな」
同じ七割だ。ポケモンをなんだと思っているのだろうか。
「ここぞってときに失敗するのがふぶきなんだよ」
「で、失敗するとね。『いたいの』が体の中に飛んでいくの」
「……中?」
「体のなか。だから失敗するとお腹とかが痛くなるし薬も効かないよ。しばらくしたら治るけど辛いかもね。やる?」
「いいじゃんギャンブルは好きだぜ。やってくれよ」
前に妖精さんに教えてもらったとおりに指で形をつくって「いたいのいたいの飛んでいけ」と唱える。
「おっ、痛くなくなった。スゲーじゃん」
「ちっ……」
「ここぞってときに外さねえんだ。だいもんじと違って」
ポケモンの対戦で負けたことでもあるんだろうか。
「ところで飛んでった痛いのってどこにいったの」
「あっちのほうに転がっていったよ。ベッドのほう。触らなきゃ十分ぐらいで消えるから」
あとは出血をどうにかするために絆創膏を貼ろうとしたところ、カーテンがかかっているベッドから「痛っ」という声がした。
「……………」
「……………」
不動くんが無言でカーテンに頭をつっこむ。
「は? ……なに? お前ら誰か知らねえがバカなの? 本当にそういうことするやついるの? え? やだなにそれ命乞い? やだな~~俺は正直な男だからな~~~~!!!!!!!!」
不動くんが中から服が乱れた男女を二人に引きずり出した。うわあ。
「三島ぁ! 誰か先生呼んできて!!!! このバカは俺が確保しておくから!!!!!!!!!」
「はあ………」
ああ、めんどくさい。普通に授業を受けていたかった。
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