休憩室
最初に言い出したのは、誰だったか。
「前のオフィスの休憩室、気持ち悪くなかった?」
「あー……」
うちの会社は最近オフィスを引っ越した。支社の人数が増えたので前のところだと手狭になり、もっと新しくて広いところに引っ越したのだ。
「なんか長居する気しないっていうか……」
「わかるわかる。なんかいやーな感じがするんだよね」
仕事をしながら近くの席の雑談を聞く。前のオフィスの休憩室はたしかにどこか居心地の悪い部屋だった。みんなはそれを嫌がったせいか昼は外食で済ませていたが、私は節約のために休憩室で一人弁当を食べていた。
だから多分、休憩室が気持ち悪い訳を知っているのは私だけだ。
*****
「すいません、気分が悪いのでちょっと休んでいいですか……」
「暇だからいいけど、大丈夫? 早退したら?」
「ちょっと休めば大丈夫だと思います……すみません……」
カーペットが敷かれた休憩室で、一人横になる。
(昨日飲み過ぎたな……)
昨晩の飲酒を後悔しながらぐったりと休む。もう慣れた正体不明の気持ち悪さよりも、今は二日酔いの方が堪えた。なんて不良社員だろうか。
(……ん?)
休憩室の隅にある棚と壁の隙間。そこになにかが落ちている。
(なんだろう、すごく────)
気持ち、悪い。体調ではなく、隙間にある何がが。
もしや休憩室の正体不明の気持ち悪さの根っこはあれか? と置いてあった定規を使って隙間の何かを引っ張り出す。
「……なにこれ?」
そこにあったのは、古くて分厚い紙。それになにやら読めない文字がびっしり書いてあって、まるで呪いのお札のような。
『みつか ちゃっ た』
「ん!?」
急に紙に文字が浮かぶ。
『ここに いちじかん いたら よく ないよ』
『そうさせないために ぼく いごこちわるくなる まほう した』
『だから そろそろ かえろう』
なんだこれ、と思っている間にも、次々と文字は紙の上で変化する。
『いちじかん すると ね においを かぎつけて てんじょうから あいつが くるの』
「あいつって……なに?」
問いかけると、紙はそれに答えるように文字を増やした。
『かがみ が あるほうの てんじょう みて』
『いまなら すこし みえるよ』
天井を見上げる。そこはいつもの通りの白い天井と、そして、天井と壁の隙間から生えるように髪の毛と、指と、唇と、歯が押し出されたのかのように生えていて……。
「……………………………っ!」
声のない悲鳴をあげて、その日は逃げ出すように早退した。翌日おそるおそる休憩室を覗くとあの人体もどきはなく、紙はまた隙間に戻っていた。
*****
帰りに旧オフィスの前を通る。窓から見える休憩室はあの頃と変わらない。明かりから見るに、どうやら既に別の会社が入っているようだ。
あの休憩室では今でも化け物と謎の紙がひっそりと息を潜めているのだろうか、と少し懐かしい気分になった。
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