バレンタインデー

 今日はバレンタインデーだ。


 朝、人がまばらな住宅街に赴き一軒の家のポストに箱を入れた。きれいにラッピングされた市販品そのままの姿にカードを挟んだそれがすっぽりとポストへと収まるのを確認して、その場を静かに去る。

『も~~~~~~言ってくれりゃ~~いいじゃ~~ん!』

 不動くんから電話が来たのは帰ってから一時間ほどしてからだった。多分あの箱、すなわちバレンタインのチョコレートを開封しながら電話しているのか、ガサゴソとした音が聞こえる。

『歓待したのに。家族ともども』

「別にいいよそこまで」

『え~~。ホワイトデーは当然お返しするけどさあ、三島の愛♡を感じたらすぐにお礼は言いたいんだよね愛してるっ』

 相変わらずよく回る口だ。

「どうせ渡さなかったから貰うまでちょうだいちょうだいちょうだいって言われるだろうから渡しただけ。友チョコ。収穫なしなら言ってたでしょ?」

『うん。だって欲しいもんね。貰うまでおねだりするよね』

 電話口の向こうで、ヘラヘラと笑っているのが容易に想像できた。

「はいはい。で、今年は何個貰ったの。去年も一昨年もいっぱい貰ってたでしょ」

 尊大だろうがやかましかろうが粗暴だろうが、なんだかんだで不動くんはモテるのだ。美形で成績が良くて運動神経が良くて基本的には笑顔で誰にでも分け隔てなく接するからモテてもおかしくはない。好きだけど話しかけられない、なんて言っている一年生の女子は見たことがある。いわゆる高嶺の花だ。薔薇だ。美しいが、近しい者にはその尊大で粗暴で自己中で陰湿な棘がチラ見えしている男。でも近くにいないとそんな棘なんて見えやしない。

 だから一年の春夏頃はともかく一年の後半になってからは、こうやってイベントごとのときに不動くんと距離のある、具体的に言うと他のクラスの子とか先輩後輩とか他校の人とか、普段の生活から微妙に距離がある人たちから告白されたり、バレンタインデーは露骨にチョコを大量獲得していたりした。

 どうせ今年もそうなのだろう。私のチョコなんて、埋もれてしまうのだ。友チョコだし。

『もらってねえよ今年。いやー身軽なバレンタインだわー』

 あっさりと、そう返された。

「なんで」

『コロナだし受験だし日曜だし昨日クソみてえな地震あったしそれどころじゃねえもん。あ、母さんからのは別カウントな?』

「あー…………」

 ああ、たしかに今年はそうだ。バレンタインデーに受かれるには、あまりに騒がしいときだ。家の外から、震度6の地震で剥がれた外壁の修復作業する音が聞こえる。

 そんなときに、一人で家まで行って、チョコを贈って。

「……なんか私が浮かれてるみたいで恥ずかしくなってきた。脳が足りないかんじがする」

『足りてるってえ。だ・か・ら、今年は三島のチョコしか受け取ってないから♡』

「……楽しそうだね……」

『楽しい~。ホワイトデー期待しててな♡ 愛と実用性を兼ね備えた何かを贈るから~』

「……ほどほどにしといて」

 なんせ、金塊を贈ってきた実績のある男だ。次はなにをするつもりか全く読めない。

『ん……母さんに呼ばれてるから切るわ。じゃあなー』

「じゃあね」

 電話は切れる。はぁー、と息を一つ、吐く。

「……………何してるんだろ………………」

 これじゃまるで好きみたいだと、ひとりでに出てきた言葉を首を振って打ち消した。


 




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