とある恋心

 中学の時のことだ。同じクラスにすごくかっこいい男の子がいた。


 明るくて、クラスのリーダーみたいな子。体格が大きいせいか怖がっている子もいたが、弱い者いじめなんかしたりはしない。むしろそういう場面に遭遇してたら止めていた子だ。

「ん、隣の席かー」

 入学した初日に、えらくキラキラした男の子に話しかけられて固まってしまった。家族はお父さん以外は女ばかりだし、男の子の友達なんかもいたことなくて、とにかく免疫がなかったのだ。

「よろしくな!」

 握手のつもりか、手をぎゅっと握られて私は軽々と恋に落ちたのだ。


 ……という話を聞いたのだ。一人ぶらぶらしていたところを見知らぬ女子二人に捕まって、喫茶店に連行された末がそれがある。

「で、誰の話ですっけ、これ」

「だから、不動日陰くん」

「……………そう……………」

 なんというか、それしか言えない。たしかに顔はいいし、誰とも親しくしようとするから、免疫のない子はコロッと落ちるのかもしれない。

 ただ表向きはそうでも、自分にケンカを吹っ掛けてきた人は容赦なく蹴っている上についでに金を巻き上げようとしているのを見たことがあるのでそんなまともな子みたいな評価は違和感がある。危機が迫ったら自分の身を守ろうとするのではなく、嬉々として相手をオーバーキルしようとする子なのだ。

「友達止めようかな」

 ひとりごちる。そのほうが賢明な気がしてきた。

「えっ?」

「なんでもないです。で、不動くんとデートしたいんですか」

 私を喫茶店に引きずり込んだ女子二人は不動くんの中学時代の同級生のようだ。そしてその片方は不動くんのことが好きらしい。

 そしてその子は引っ越しで遠くに行ってしまうらしく、行く前に最後の思い出作りとして不動くんとデートしたいようだ。そして何故か、私に許可をとりにきたのだ。

「調べて付き合ってないのはわかってるんですけど……その……許可とらなきゃいけない気がして……」

「お好きにどうぞ……」

 なんでだ、という言葉は飲み込んだ。

「ごめんなさいこの子ったら、いつも突っ走っちゃう子で……」

 片思いの子の友達らしい、いっしょにいる子がすまなそうな顔をする。本人不在なのに、なんなんだろうこの空間は。

「あの、本当に付き合ってないんですよね?」

「かっこつけの子は好みじゃないです」


 そんな日から数日経って、日曜日である。例の子と不動くんのデートというか、二人でいっしょに遊ぶ日である。

 別に見に行く気なんてなかった。なかったが、私の足は二人がいる、素敵な庭園が見えるテラス席が人気のカフェへと向かっていた。

 ただし、私がいるのは二人がいるテラス席ではなく、それが見える店内席だが。

「どうも」

「えっ」

 比較的空いていた店内の四人がけの席。その一角にあるとある席に、無断で相席する。元々いたのは、あの日あの片思いの子といっしょにいた、友達の子。

 一人でじっと、テラス席のほうを見ていたのだ。

 いや、睨んでいた。

「不動くんのこと、嫌いですか?」

「い、いや、別に……」

「こんなLINEが来たので」

 言って、スマホが見せる。

『なーなー、あいついるあいつ。今日の子の友達』

『殺意めっちゃ感じるんだけど。目ぇ怖』

『なんか刺されそうな気ぃするー』

 そんな言葉が並んでる。みるみるうちに目の前の子の顔が険しくなる。

「で、持ってますよね、刃物」

「…………なんで分かるの」

「ずっと鞄に手を入れてるから」

「……………………………」

 押し黙る。鞄から手を出そうとしない。

「付き合ってないけど、不動くんは私のことを好きだからあの子に手は出さないですよ」

「……………………なんでよ」

「…………」

「ずっと隣にいるのは私なのに、あの子のことを分かってるのは私なのに、なんであんな男…………」

 そりゃ男の子を好きになる子は、同性は恋愛対象にはならないのでは、というツッコミはやめておいた。

「どうせ付き合ったりはしないし、変なアクション起こさない方がいいんじゃないですかね」

「……………」

「で、これがさっきの続きです」

 また、画面を見せる。

『刺されたら刺し返しても良いよな? 許されるよな?』

『ちょっとくらいいいよな?』

『だめ?』

「……………っ」

「刺したら、不動くんは喜んで刺し返してきますよ。そういう子なんで。根は乱暴者だけど、かっこつけだから普段は良い子に見えるだけです。で、お友達のトラウマになるだけです」

 だから好きになる子が出てくるのだ。本当は変な子なのに。

「軽薄で、ろくでもないやつだと思ってたけど、本当に嫌な奴。わかった。手を出さないなら、何もしない」

 よかった。ここの喫茶店はお気に入りなのだ。そんなところで刃傷沙汰にならずにすんだ。

「じゃあ、要は済んだので」

「あのさ」

 席を立ったところで、止められた。

「そんな奴だって分かってるなら、なんで友達なの?」

「……なんででしょうねえ……」

 正直自分でもよくわからない。あえて言うならよく話しかけてくるのでなし崩しに、といったところか。

 店から出ながら、人間関係整理しようかな、と少し思った。 

 

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