妄想の門

 人が編んだ空想が一時的に現実になることがある。それを、空想の欠片といい、そのまま現実に根付くこともある。


 それはときに可愛らしいものだ。ノートの隅に描かれた落書き、授業中のふとした空想、子供が作るおとぎ話。そういったものがときには形になり、そしていつの間にか空気に溶けるように消えていく。ときどき消えずにぽやぽやと世界を漂っているものもある。

 中には、"空想のカケラ"の域を越えたものがある。それは妖精さんやお化けや、私みたいな霊感がある人たちには、"妄想の門"と呼ばれている。

 見た目は門というより扉。それは普段はただ広いところで佇んでいるだけだが、妄想する人を感知すると動き出す。ここでいう妄想は一般的に使われるようなものではなく、医師が診断を下すような本物の"妄想"だ。本気の本気で、会ったことがない芸能人が自分に愛を囁いていると信じていたり、あるいは周囲で起こる全ての現象は自分への攻撃だと信じていたり、そういったレベルのものだ。

 妄想の門はそういった病的な人たちの元へとやってくる。夜も深くなり、その人が寝静まったときに静かに降りてくる。空中に浮かび、音もなく門自体がすぅと動き、その人を通過させる。

 そしてそこからその人は、妄想の門の中の世界の住人になる。その世界は見た目は元の世界と寸分違わない世界なので、その人は気づかない。

 違うのは、"妄想"が現実になっているところ。

 世界的な大スターが一般人へと愛を囁く。あるいは政府の陰謀により民間人は行動を逐一見守られている。

 ただの一般人が世界の真理を突き、集団ストーカーも悪い電磁波も本当にある。知らず知らずに門を呼んだ妄想の主が、かつて否定されてきた何もかもが現実な世界。

 悪趣味で物好きな妖精さんやお化けがたまに静止しているときの門の中に観光に行ったりする。妄想の主以外の考えは適用されないので、簡単に帰ってこれるのだ。

 もっとも、妄想の主が元の世界に戻ったという話は聞いたことがない。だってその人にとっては、善かれ悪しかれ、ただ現実が続いているだけなのだから。


『透 明な殺人 鬼が耳から入ってきま す !』

 そういう見出しの、通学路にたまに貼ってある怪文書。どこかの家の頭がおかしい人が書いて貼っているらしい。苦情が通じる相手ではないので、町の人はただその貼り紙を剥がすか放置するしか出来ない。

「まったくこんなもの……」

 ぶつぶつと文句をいいながら、勝手に家の壁にそれを貼られていたのを見つけたおじさんが、壁から紙を剥がしている。幸い、ただテープで貼り付けただけなようで、家に傷つけることなく簡単に剥がれていた。

 でも、多分そろそろ貼られなくなるだろう。だって昨日、夜に妄想の門がどこかの家に降りているのを見たから。他に病的な妄想をしている人がいなければ、きっとその人のところに行ったのだろうから。

 こっちの世界では、行方不明として処理されるだろう。

 門の向こうでは、知らぬうちにある種の異世界に飛ばされた本人にとっては、ただいつも通りの日常が続くだろう。

 透明な殺人鬼が耳から入ってくる、そんな日常が。

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