共通テスト
共通テストが終わった。
センター試験という言葉のほうがまだ耳に馴染むそれは、大学受験の最初の山だ。ここでいくらとれるかによって、場合によっては二次試験を受けることすらできないし、共通テストの点数を重視する大学では合格の可能性が上がる。
二次試験が本番中の本番ではあるが、ここであまりにもあんまりな点数をとることは許されない。
「………………はあ」
試験が終わって会場を出て、自然とため息。周りは解放感に溢れているか心配そうにしているか、どちらかだ。
(いや、ここで気を抜いちゃだめ)
共通テストはあくまで第一の関門で、本番は二次試験なのだ。それまで気を抜かずに勉強を続けねばならない。大学に入って、進路を見つけて、一人で生きていく道を模索していかなければならない。
ずるぅり
そんな音がして、巨大なかたつむりが地面を這う。高さは人間の子供くらいの大きさで、背中に背負った巻かれた貝は穴だらけであり、その穴から内容までは聞き取れないひそひそ声が聞こえてくる。
塀の上には一つ目の猫が乗っていて、じっと門から出ていく受験者を見つめている。
店ではクレヨンで描かれたような見た目の青い太陽が、月に喧嘩を売っていた。
みんな、こんな光景は視えないのだ。かたつむりなんて這ってないし、門の上にはなにもいないし、月ただ夜の闇に浮かぶだけ。
それが普通。それが当たり前。私は霊感ゆえに、その"普通"を正しく認識できない。今までの人生でもそれで幾度となく苦労したが、普通に就職して社会人になったとしたら、もっともっと苦労するだろう。それを避けるために、なるべく家で、一人で出来るような仕事に就かなければ。そうやって生きていけるようになるために、力をつけなければ。
こんなところで疲れているわけにはいかないのだ。
「よ~、三島ぁ」
力の入ってない声とともに、問答無用で肩を組まれる。
「………不動くん」
「お疲れ! な~、軽~くなんか食おうぜ」
「夕飯前だよ」
「いいじゃんちょっとくらい」
不動くんの顔はわりと明るい。無理をしている感じはしないから、まあ手応えはあったのだう。
「ちょっとだけだよ。スタバで一杯くらい」
「やったね」
*****
店内には似たような年齢の学生がたむろしている。みんな疲弊した顔だ。多分みんなテストを受けた帰りなんだろう。
「手応えどう?」
「まあまあ……かな」
好調というほどでもなく、でもダメだと絶望するほどではなく。試験傾向が変わったことを考えるとまあわりとマシではなかろうか、といったところだ。もっとも解答を見て答え合わせしないとなんとも言えないが。
「そっちは?」
「まあ、いいかんじ」
「よかったね」
ずず、と頼んだコーヒーを啜る。冷えた体が少し温まった。
「年末はさあ、時間とらせちゃったごめんな」
「いいよ別に」
「……落ち着いてんな」
「慌てたりしてもいい点とれないよ」
夜の帳はとっくに落ちている。外にいるのは、寒そうに作業着で駆け回っている男や、反対に高そうな服を着てゆったり歩いている人。子供をかかえてよれよれな人、タクシーを呼んで乗り込む人。
私たちも、あと数年後にはそういう"大人"の仲間に入る。それがどういう形かは、努力と少しの運次第。
「まだ共通テストだし、焦ってる場合じゃないから」
「ふーん……」
不動くんはじろじろと私の顔を見ると、私の冷えた手を握ってきた。カイロでも握っていたのか、向こうの手はやけに温かい。
「どうしたの?」
「俺が言うのもなんだけどさあ、三島もしんどいときはしんどいって言えよ」
「…………………………………」
「そりゃ三島は将来いろいろ考えてるみたいだけど、ここ戦場じゃねえし、山場一個越えたときぐらい気ぃ抜かねえと、多分あとがしんどいぞ」
「…………………………………」
「愚痴ぐらい聞くし」
「……………………………そうかな」
「そうだぞ」
ぎゅ、と強めに握られる。
「疲れたときに疲れたって素直に言える関係でありたいと思いまぁす」
「………………………」
ふぅ、と息を吐く。
疲れたときに疲れたと、素直に言える相手。そういう子は、初めてかもしれない。
「そうだね、今日はちょっと……疲れたかな」
「だな」
ふふ、と不動くんが少し笑った。
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