悪いお化けがいるらしい

 人を傷つける悪いお化けがいるらしい。


 お化けかどうかは置いておいて、実際怪我人は出ている。なんでも四つん這いになって高速移動で追いかけてくるそうなのだ。それで追いかけられた人は逃げるときに転倒して怪我をしてしまう。

 不審者だろうがお化けだろうがそんな怪しいやつを野放しにしておくわけにはいかない。なんせうちには最近妹が産まれたのだ。あんなかわいい赤ん坊が住む世界にそんな危険なぶつを放置するわけにはいかない。

「勢いはいいけどよぉ、なんで俺も巻き込むのかなぁ」

「だって俺荒事とか苦手だし……」

 不動は釘バットを装備している。なんでそんなもの用意できるんだ。

「ヒョロガリめ。鍛えろよ」

「うるさいぞ万年失恋男」

「あっはっは殴られたいのかぁ~?」

 あと失恋じゃないから、と念を押される。

 暗い路地を二人で歩く。そのお化けだか不審者だかは、決まって夜になりかけの時間に現れる、らしい。ここにあるのは静寂と、古い家屋と、今にも崩れそうな廃屋だけだ。不気味で仕方がない。

「この辺のはずなんだけど」

「ふ~ん」

「おいバット振り回すな」

 不動は高校に入ってからの友達で、気のいいやつだがどうも荒っぽいところがある。だから連れてきたんだが。

「なあなあそいついたら……」

「ちょっと待て」

 薄暗闇が蠢いた。人気のない路地に影がある。それは近くにあったごみ捨て場が作り上げた普通の影のはずなのに、ぐにょりと大きく揺らめき動く。

 コンクリートの道を染めていた影から、黒い手が伸びた。それは一本から二本になり、足のようなものも突き出てきて、そして頭や胴体がじわじわと涌き出てきた。

『まあああぁぁぁぁあああああた』

「ひっ……」

「ほー」

 不審者ではなく、明らかな化け物。

『だあああぁぁぁあああめ』

「ひ……え……」

 腰が抜けて地面に座り込む。不動は怖がることなくなにか考えているようだ。

「まあともかく、お前は逃げようぜ。俺は迎え撃つ」

「明らかな化け物だぞ!」

「? 化け物退治しにきたんだろ?」

 不動は腰を抜かした俺をお姫様だっこすると逃走した。化け物はそれを追いかけるが、不動との距離は縮まない。

『だあああぁぁぁあああめ!』

「何がダメなんだよ!」

 叫びながら追いかけてくる化け物。だめだめ言ってるが何がダメなんだ。

「たしかになあ」

 と言うと不動は走るのをやめて化け物と向かい合った。

「なあそこの黒いの。何がダメなんだよ」

『こっちくるのだあああぁぁぁあああめ』

「なんで?」

『くるくるくるくるそろそろくるううぅぅぅうう』

 何が、と問いかけたあたりで地面が揺れた。猛烈な横揺れに心臓が跳ね上がるが、幸いにもすぐに止まった。

「じ、地震……?」

 とまったのもつかの間、ものすごい轟音とともに、また振動がきた。今度は大量の土煙も襲ってくる。

「今度はなんだよ!」

 土煙が晴れたあと、視界は変わっていた。奥にあった木造の古い廃屋が倒壊していたのだ。

「今の地震のせいか」

『そうそうそうそう。そろそろ崩れると思ってたのおおおおお』

 お化けはそう言って手を叩き、『じゃあね』とまた影の中に沈んでいった。あとに残るのは、静寂のみ。

「い、いいやつ、なのか……?」

「だなあ。危ねえから近づかせなかったんだろ」

 なんだ。あんな見た目なのにいいやつだった。退治しようとして申し訳ない。

「せっかく正義面して殴れるチャンスだったのになあ」

「えっ」

 不動は心底残念そうな顔をしている。

 ……友人関係を見直したほうがいいのかもしれない。

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