ガセネタ

 ガセネタというものは本当にタチが悪いものだ。


「まったくもう……」

 私の実家は神社だ。なんてことはない町の中にある小さな神社で、神主のお父さんも普段はサラリーマンをしている。

 元から掃除が好きなので境内の掃除をするのは構わないのだが、落ち葉や風に吹かれたゴミのなかにそれが混じり始めたのはここ数ヵ月のこと。

 ……願い事が、書かれた紙。それが神社にある大きな樹木の枝に吊るされるようになったのだ。

 発生源はわからないが、この木に願い事、それも縁切りの願い事を書いた紙を吊るせば願いが叶うというガセが小中高生の間で流行っているらしい。うちが祀っているのは稲荷だ。商売繁盛だ。

 そしてこれがいじめっこと縁が切れますようにとかならともかく、好きな人が彼女と別れますようにとか、嫌いなやつが孤立しますようにとか、意地が悪い願いが多いのが本当に腹が立つ。注意書きは貼ったがまったく効果はなかった。

「あら、橋本さん……だったかしら」

「ああ、えっと、泉さんだっけ」

 そんなイライラを抱えながら掃除してたある日、昔のクラスメイトが境内にやってきた。ただ散歩していたようだが、視線があの木に止まる。

「あらあら、嫌ねえ。こんなの」

「でしょ? 注意書きも全然効果なくてさ……」

「欲深い人はそんなものじゃ止まらないわよ」

 泉さんは、つん、と吊るされた紙をつつく。

「自分が愚かなことをするみじめな存在だって思い知らせてやったらいいんだわ」

 泉さんの提案にしたがって、毎日毎日紙を吊るした。誰かに吊るされた紙は捨てて、文体と筆跡を変えて自ら紙を吊るす。

『大学合格できました! ありがとうございます!』

『告白します! うまくいきますように!』

『彼女できました! ありがとうございました!』

 前向きな明るい願い事と、それが果たされた感謝の言葉を書いた手紙を、見えるように吊るす。半信半疑だったが、自作自演の手紙を吊るす行為をしばらく続けていると、縁切りの紙はぱったりと吊るされなくなった。

「だってそんな幸せそうな場所に薄暗い願い事なんて吊るしたくないでしょ?」

 また散歩に来た泉さんに成果を伝えると、ふふ、と笑っている。

「ありがとうね。ただ……」

「ただ?」

「今度はね……恋の願いごととか、大学合格できますようにとか、普通の願い事が吊るされるようになっちゃった……」

「あら、じゃあお守りでも売ってみたら? ここお稲荷さんを祀ってるなら商売上手にいきましょうよ」

 きっと神様も許してくれるわよ、と泉さんは小さく笑った。

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