春が落ちている

 春が落ちていた。


 歩道に「春」という漢字を模した板が落ちている。色は桃色で、厚み一センチで、大きさは十センチくらいだろうか。なんかのキーホルダーか?と思いながら持ち上げる。


 ひらり


「ん?」


 ひらり ひらり

 ひらり ひらり


 薄桃色の、桜の花びらが舞い落ちる。気がつけば周囲にある桜の木は満開で、まるで花見の季節のよう。

 ばかな、そんなことあるわけない。ここは東北だ仙台だ。ここの桜の真っ盛りなんていつも来月以降なのだ。だというのに、そんな記憶も常識も破壊するほど、桜は満ちている。

「失礼、そこの人」

 若い男の声がしてハッとする。気がつけば周り満開の桜なんてものはなく、色気のない木々がいつも通り道路のわきに立っていた。

「そんなところでぼーっとしていると、自転車に轢かれますよ」

「え、ああ、すみません……」

 白いスーツの男は無表情でこちらを注意したあと、また無愛想のままで進んでいった。

「あれ?」

 さっきまで手の中にあった「春」の文字を模した板は、いつの間にかなくなっていた。



*****


 天上に偉大なる神がおわす。

 その神が作りし玩具は地上に落ちて、地上に混沌を作った。我ら白き使いはそれを回収し、地上をもとの平穏なる世界に戻すのが役目なり。

 ……とはいえ、地上に混乱を巻き起こすものを落とすのは天上の偉大なるあのお方だけではない。

「春の使いよ。落とし物だ」

『あらあら何かしら』

「"春"が落ちていた。春の大精霊に伝えよ。管理はしっかりしろと」

『あらあらうっかりだわ』

「……………ちっ」

 春の精霊は季節の移り変わりの境目に"季節"をばらまく。それにより自然はばらまかれた季節に対応する変化をするわけだが、どういうわけかさっき来月ばらまく予定の"春"が一個落ちていた。春の精霊はどいつもこいつもふわふわしていて良く言えばおっとり、自分からしたら雑なのでこういうこともする。

「貴様らの行動一つが主の権威に関わるのだぞ。春の大精霊は注意の一つもしないのか」

『あらあら。天の方は真面目さんね』

 ふふ、と笑う。絶対に気が合わないタイプだ。

『ああでも、一つ訂正よ』

「ん?」

『春の"神様"よ?』

「大精霊だ」

 この世におわす神は天におわすあの方だけである。『もう!』と春の精霊は頬を膨らませていた。




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