危ない雪

 雪にはいろいろな種類がある。


 ぼたん雪、粉雪、みぞれ。なかにはお化けみたいな雪もある。


 じゃくっ


 踏みつけた雪がそんな音をたててぺちゃんこに崩れた。日の当たらない場所に残っていた、いつかの大雪の名残。この雪は普通の人にも見えるので、みんなはそう思うだろう。

 でも違う。この小さな雪の塊は冬の名残なんかじゃない。もっと危ないものだ。


 じゃくっ


 他にもいくつかあったので、全部踏みつける。踏みつけて、まっ平らにして、バラバラにする。そしたらもう、大丈夫。


 じゃくっ


 一つ。二つ。三つ。四つ。多いなあ。でもいるときは同じエリアの日の当たらない狭い場所にしかいないから、見える範囲を全部潰せばいいのだ。


 しゃり……


 雪が崩れる音がした。振り返ると、まだ潰していなかった雪の塊がこそこそと移動しようとしている。まったくもう。

 この雪の塊は動く。そしてなんでそんなところに行こうとしようとするかわからないが、ある場所を目指して移動するのだ。


 じゃくっ


 最後の一個が道路に出る前に、足で踏み潰した。


 ごぉー!


 音をたてて、大きな車が前の道路を通り抜けていく。春の陽気に安心しているのか、通り抜ける車のタイヤはみんなスタッドレスタイヤから普通のタイヤに交換されている。

 この雪は、そこを目指す。

 春になると現れて、普通のタイヤに交換した車に轢かれようとする雪。普通のタイヤで雪の塊を踏むのがどんなに恐ろしいことかは雪国出身者ならみんな分かっているだろう。普通のタイヤで雪を踏むと、車は容易に滑って制御不能になり、建物や電柱や街路樹に激突し死に直結する。だからみんなわざわざ冬の時期にはお金を払って、滑りにくいスタッドレスタイヤに交換するのだ。

「うりうり」

 足で雪を踏んだままぐりぐりする。これだけやっておけば大丈夫だろう。

「ままー、まだ雪あるー」

「あら、ほんと。もう春なのにね。……触っちゃダメよ。汚いから」

「えー」

「だーめ。このあとご飯でしょ」

 雪を踏み潰す私を見て、近くで親子が会話している。そういえば、そろそろ私もお腹がすいてきた。

 雪の死体がある路地を抜けて、おいしいと噂のカレー屋さんを目指す。多くの人で賑わい、そこに悲鳴もサイレンの音もない。今日もこの街は平和だった。

 

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