ここに鏡を置いてはいけない

 ここに鏡を置いてはいけない、と入居時に大家さんから説明されたのだ。


「……だから取り外した跡あんの?」

「うん。最初からそうだったしわざわざつけたくないし」

 新しく出来た彼氏を初めて家に招き、一緒に風呂に入る。彼氏は鏡があったと思わしき四角い跡を見て「ふぅん」と呟いた。

「曰く付き?」

「理由は大家さんに聞いたけど話してくれないの。ただ、不動産屋には聞いても誰も死んだりしてないって。じゃあいいかなって入居したの」

「えーじゃあ何幽霊こわー」

「もう、子供じゃないんだから」

 ハハ、と彼氏が笑う。

「いたっ」

「どうした?」

「まつ毛かな……? 目に刺さった」

「ちょっとじっとしてろよ」

 彼氏が私の目を覗き込む。彼氏の瞳と私の瞳が見つめ合う。それらは光の反射のせいか互いを映しあっていた。

 まるで、合わせ鏡のように。


 つぷっ


 薄い膜を突き破ったような音がした。ピクリとも動かなくなった彼氏の目から、何かが突き出ている。

 爪だ。

 長い長い、女の爪。

「あ………………………………………………」

 爪はするすると伸びていき、やがて指が見えて、五指の全てが見えて、手首が見えて、腕が見えて。

 そして、突き出た手のひらが、私の顔を、掴んで……………………………………………。

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