霊感少女の昔話

 普通の子の生活に、ずっと憧れていた。


「三島千花っていいます。趣味は読書です。よろしくお願いします!」

 自分にしては頑張って明るく挨拶したつもりだ。それでも他の生徒と大して変わらないものしか出せないのだから本当にこのての行事は苦手だ。

 中学の入学式を終えて、今は各クラスで自己紹介の時間だ。教室にいるのは全員知らない顔。それもそのはず、ここは本来私が通うべき学区の外の学校。小学校のときの同級生は、みんな別の中学に通っている。

(今度こそは……うまく……)

 霊感があることは、絶対に隠し通さなければならない。

 幼稚園も、小学校も、それで孤立した。みんなが楽しそうにしているのを眺めているだけだった。そして、平気な顔して、本の頁をめくっていた。

 嘘つき。本当は、みんなの輪に交ざりたかったくせに。でもみんな千花ちゃんは変な子だからと避けるのだ。だから、一人でいるしかなかった。

(普通の……学校生活……)

 友達を作ろう。親友を作ろう。先輩を作ろう。後輩を作ろう。彼氏を作ろう。

 全て、全て他の子と同じように。毎日くだらない雑談をして、休みの日にお互いの家に行って、たまにオシャレな喫茶店に行ったり、学校の帰りに買い食いしたり、そういう生活を。

(大丈夫……学区外だから私のことを知っている人はいない……)

 休み時間も昼休みも、緊張を隠しながら話しかけて、なんとか一つのグループに潜り込んだ。

「えー、千花ちゃんわざわざ学区外から来てるの!? 遠くない?」

「ちょっとね。でもここ、エスカレーター式でしょ? 受験が楽で良さそうだなって」

「まあねー」

 幸いここはそこそこレベルが高い中高一貫校で、それに惹かれて学区外からくる生徒も多い。私もその一人だと、みんなあっさりと受け入れてくれた。

「千花ちゃん彼氏いるの? いるよね?」

「いーまーせーん。全っ然モテないから」

「嘘だあ。そんなにかわいいのに」

「ありがと。でもこの仏頂面だからね、なんか近寄りがたいって言われたりするからね……」

「つまりスマイル覚えたら完璧じゃん? よっしゃ指導してあげるよ指導」

「指導って大げさだよ~」

 きゃあきゃあ明るい女子グループ。正直苦手なタイプではあるが、望んでいた平穏な日常をもたらしてくれるのだ。多少無理してでも居座る甲斐はある。

「そういえばさ、ここってかっこいい男の子とかいるの?」

「いるよー。大山くん。千花ちゃんの席からじゃ見えないからわからないか」

 言って、指さされた先にいる男の子。

 こざっぱりした髪型の、アイドルみたいにかっこいい男の子。運動部なのか、体つきはがっしりしている。制服の隙間から覗く筋肉がついた腕が、力強さを物語っていた。

 男の子はこちらに気付くと、ふざけた様子で投げキッスを放った。「きゃー!」と女子グループが黄色い悲鳴をあげた。いっしょにいた男子がからかって、みんな笑っている。

「はー、最高」

「死にそう」

 みんなとろけた顔をしている。あれだけキザな行為にも、一片のおふざけも気持ち悪さもなく、ただただ絵になっていた。

「すごいねあの子……めちゃくちゃモテるでしょ」

「小学校同じだったけどさ、学年の女子半分大山くんのこと好きだったから」

「あれでさー、頭も良いしさー、性格も良くってさあー」

 すごい男の子がいるなあ、とそのときは痰に思っていた。


「三島ってさ、京極堂好きなの?」

 そんな大山くんから話しかけられたのは五月も半ばのことだった。図書室で借りているのを見たらしい。

「好きだよ。おもしろいよね」

「俺も好き。何が好き? 俺は鉄鼠」

「魍魎の匣」

「わかる! 傑作だよな!」

 いつもサッカーやドッジボールをしているならスポーツ派かと思いきや、意外と読書と好きなようだった。それを聞いた他の女子は「その“キョーゴクドー“私も読む!」と息巻いたが、あの分厚さの前に全て敗北していた。あれは元から読書家でないとキツい。

 それをきっかけにして、話すようになった。奇跡的にマイナーな作家の趣味が合っていて。どんどん仲良くなっていった。

「三島は彼氏とかいないの?」

「いないよ」

 図書委員の仕事で二人きりになったときのことだ。無言で仕分けをしていた大山くんがそんなことを言い出した。

「かわいいのに」

「ありがと」

「俺が立候補しようか」

 ニッと笑ってこちらを向いた。

「どうしよう。みんなに恨まれちゃう」 

「それだよ」

 ハァ、と大山くんはため息をついた。

「みんなで牽制しあってさ、彼女作れたことないんだよね。モテてうらやましいって言われるけど、結局彼女できなきゃ意味ねえじゃん」

「あー……」

 たしかに女子たちは大山くんに片思いする娘というより、ファンクラブのメンバーみたいな動きをしている。大山くんはアイドル。大山くんはみんなのもの。大山くんには、手を出さない。

「三島はそういうことしてこないから好き」

「何その微妙な好き」

「話合うのも好きだし、そういうクールなとこも好き」

 いつの間にか、大山くんの手が私の手に重なっていた。

「どう? 俺たち相性良いと思うんだけど。こっそりとさ……な?」

「………っ!」

 その時まで、大山くんのことはただのかっこいいクラスメイトとしか思ってなかった。

 ただ、そのときの私の顔は、真っ赤になっていたのだった。


 返事は保留にした。まだ気持ちの整理がつかないからだ。

 私だって人並みにかっこいい男の子には弱いし、まして思春期なのでああやって迫られたらコロッといってしまうのだ。

 それでも保留にしたのは、急なことだったことと、それと、

「………………」

 百足が、いた。

 大山くんの背後にいつもある黒い影。それは、真っ黒で大きな百足のお化け。無数の足の付け根に筆で描いたような目があって、常にぎょろぎょろと動いている。

 あれは、非常に良くないものだ。長く取り憑かれていると、本人だけじゃなく、周囲の人にも害をもたらす。今までは単なる黒い影だと思っていたが、今日はたまたまよく視える日なのか、正体がわかってしまった。

(どうしよう……)

 教えなければ。教えて、有能な霊能者なりなんなりに頼まなきゃいけないレベルのものだ。

 けど、教えても受け入れてくれなかったら、また私は孤独な“霊感少女“になるだろう。

 そんなのはイヤだ。けど大山くんが不幸になるのを見過ごすのもイヤだ。

「…………………っ!」

 どっちを優先すべきかなんて、考えるまでもないことだった。


 失敗だった。

 いつも私はそうだ。普通の子になろうとして、結局なれない。私に普通の子なんて無理なのだ。

「お前、何言ってるの」  

 そのときは知らなかったが、大山くんのお母さんが新興宗教にハマってお家が大変らしい。教祖にお化けに憑かれていると言われお化けを取り除く儀式に大金をかけて、それ以降もお布施をしていたらしい。

 だから、大山くんにお化けの話は絶対にしちゃいけない。大っ嫌いだから。みんな詐欺だと思っているから。

 だから、お化けが憑いてるなんて言った、私のことも嫌いになった。

 人気者の大山くんが私のことをあからさまに裂け始めて、すぐにそれはクラスに、学年に波及した。それはいじめに発展して、私は結局不登校になった。

 ……………。

 そして、高校に進学した。

(もうバカな真似はしない)

 結局私に“普通“なんて無理なのだ。高校では最初から“霊感少女“だと明かそう。そして、孤独に過ごそう。どうせ孤独なんて慣れきっているのだから。

 最初の登校日も、誰とも交わることもなく、一人本を読んでいた。

「あれ~、めっちゃかわいい子いるじゃん」

 軽薄そうな声が振ってきて、思わず前を見た。

 長い黒髪をうなじで結った、八重歯が特徴的な美形の男の子。何か黒い影のようなものを背負っている。

 見た目は違うけど大山くんと重なって、心の中が曇る。

「俺、不動日陰っていうの。よろしくな!」

「……よろしく」

 関わってこないでと願いながら、淡々とそう返した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る