疑似餌

 疑似餌、という言葉をご存じだろうか。


 文字通り、それは餌に似せたもので獲物をおびき寄せるときに使われるもの。釣りのルアーなんかがこれにあたる。人間以外でも、チョウチンアンコウのランプなんかは、これにあたるだろう。

 アンコウ以外にも疑似餌を使う生きものはいる。海にだって陸にだって。

 お化けにだって。


「……うん?」 

 少年は、誰かが泣いているような声を耳にして足を止めた。

 夜が遠くから迫ってくる時間帯。夕暮れも半分は夜闇に浸食されかけている。さっさと帰りたいが、誰かが、いや、女の子の泣き声は無視できない。

「……こっちかな?」

 声に導かれるように近くの林道へ。たしかに女の子がこちらに背を見せうずくまっている。

「大丈夫?」

 女の子に声をかけると、その子はすぐに泣き止んだ。そして立ち上がり、くるりと翻る。

「え」

 顔面が、口しかない。目も鼻もない。ただ、額あたりまでの、ただただ大きな口。

「ば、ばけ」

 叫ぼうとしたところで、大きな口は一瞬で少年の頭を食べた。あとに残るのは骨を咀嚼する音と、首なし死体だけ。

 女の子改め化け物はその場をあとにしようとするが、ピタリと動きを止めた。胸に手を当て、かきむしる。四つん這いになって吐瀉をする。あっという間に、地面で七転八倒を始めた。ややあってそれは、ピクピクと痙攣を繰り返す生きものになった。

 死体がスクッと立ち上がった。男の子の首なし死体。男の子の死体は痙攣を繰り返す化け物の体をひょいと担ぎ上げ、すっかりと闇に包まれた夜の帳の中に消えていった。

 ただ痕跡だけが残る林道の中。誰もいない林道の中。それだというのに、勝利を確信した、先ほどの化け物の声とは質が違う、また別の誰かのクスクス笑いが響いていた。

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