それは恋のおまじない

 私には霊感がある。そんな私のことをみんな痛い子とかインチキとか言うけれど、だからといって不思議なことを一切信じていないわけではないらしい。


「……恋のおまじない?」

「そうそう」

 クラスメイトの不動くんが持ってきたのが、恋のおまじないとやらに使う紙だった。この高校に代々伝わっているおまじないらしい。紙に不思議な模様を書いて、好きな人のことを考えながら、それを裏庭の池に沈めるといいらしい。

「俺はこういうのには頼らないタイプだけどさ、三島的にどうなの。好きだろこういうの」

「ふうん」

 恋のおまじないにはあまり興味はないけど、おまじないというもの自体はわりと好きだ。私は不動くんが見せてきたおまじないの用紙をまじまじと見る。

「あ、すごい」  

「ん?」

「これ、ちゃんと妖精さんが使う文字だ。すごいね、手順も完璧。前に妖精さんから聞いたことあるから」

「へー。ガチなんだー。なんて書いてあんの」

「“斉藤千尋 死ね“」

「……んん?」

「“斉藤千尋 死ね“って書いてるよ」

「……なんで?」

「これ、恋のおまじないじゃないよ。呪いだよ。妖精さんたちもそう言ってたし。

 恋のおまじないって偽って、みんなにやってもらって、この斉藤千尋さんって人のことを呪いで苦しめたかったんだろうね。このおまじないを作った人は。悪い人だね」

 不動くんは何とも言えない顔で私の手元の用紙を見る、そして、今度は窓の外を見た。

「えー……じゃあどうすんのアレ」

 窓の外に広がるは裏庭。そこには木々と、花壇と、そして『おまじない』の用紙がびっしりと浮かび、水が一切見えなくなっている池があった。

「どうするって?」

「いやあ、さすがにアレじゃん、なんかこうさあ」

 手で空気を揉む不動くん。うまく言葉にならないのか珍しく歯切れが悪い。

「どうもしなくていいよ」

「いいのかよ」

「だってもう、とっくに呪いで死んでるだろうし」

「…………」

 いつから始まったものかは分からないけど、相当昔からあるおまじないで、今もたまに利用されているもの。数多の女子に呪われて、斉藤さんとやらは既にもう亡くなっているはずだ。

「仮に本当にその斉藤千尋?が死んでたとしたらさ、その呪いって確実に失敗するんじゃねえの。死んでたら呪えないだろ」

「そうだね」

「前に漫画で読んだけどさあ、呪いって失敗したら」

「そうだよ」

 窓の外を見る。裏庭の池。ゴミだらけになっているそこの中央が、ふいに揺れた。

「失敗した呪いは、呪った人に返ってくるよ」

 池から真っ黒い『何か』が出てきて、びしょ濡れの体を厭うことなく裏庭を歩いて、校舎の中に入っていった。

「きゃー!」

 誰かが悲鳴をあげた。駆けつけてみると既に何人かの生徒がいる。

 階段の下で、女子が一人倒れていた。すぐそばには泣いている別の女子と保健室の先生がいる。

「せ、先生……急に、足滑らせたみたいで……どうしたら……」

「動かしちゃダメよ!」

 保健室の先生が携帯で救急車を呼んでいる。倒れて、口から血を少し吐いて微動だにしない女子を、池から這い上がっていた真っ黒い『何か』が、じっと眺めていた。

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