霊感か100億か
私はなんでも願いを一つ叶えることができる黒いキューブを持っている。
夢の中の殺し合い大会の賞品だ。もっとも、結果的に一人生き残ったのが私なだけで、本来賞品をもらえる戦果を出したのは別の人だけど。
それはともかく、これは本当になんでも願いを叶えられることができるのだ。私を悩ませる霊感も、消すことができるだろう。
……100億円欲しいと願えば100億円貰えるのだ。
「………………………………………………」
悩む。霊感か、100億か。
霊感を消せばもうあんな世界とはおさらばで穏やかな日常を過ごすことができる。だが、他のみんなと同じようにいずれは働いて生活費を稼がなければならない。
100億円あれば、働かずとも良い悠々自適な生活が約束されるのだ。だが大金持ちすぎる故のトラブルがあるかもしれないし、霊感は付きまとう。
悩む。
「うーん…………」
だから、いまだに使えずにいる。今日も黒いキューブは自分の部屋の引き出しの中。
「……あ、買い物行かなきゃ」
シャーペンの芯がなくなりかけているのだ。私はいつものように鞄にスマホと財布を入れて、いつものように近くのスーパーへ歩いていく。
……そのはずだった。
「……………………………………………」
少し歩くと、見慣れた住宅街がおかしくなった。壁は薄汚れて、植物は伸び、まるで人がいなくなってしばらく経ってしまったかのようだ。振り返るといままでまともだったはずの道も汚れ、壊れ、そしていくつかの家は火事で半焼している。道の奥にあればあるほど焼けた家が増えていき、焼け方も激しく、一番奥の家は完全に炭になっていた。
くすくすくすくす………
誰かが嗤ってる。煤で汚れた窓の向こうで、ぼんやりとした何かがゆらゆら揺れている。嗤い声はどんどん重なり、四方八方から聞こえてくる。
「……………………………………」
さてどうするか、と考えていると何も持っていないはずの手の中に固い感触があった。取り出すとそこにあったのは黒いキューブ。まるで"使え"と言わんばかりに。
私はキューブをポケットに入れる。
「………黒いゆらゆら影のお化けさん。妖精さんたちが言ってたよ」
ぴた、と嗤い声が止まった。
「あなたは悪戯が大好き。こうやって幻想の街に閉じ込めて、みんなが困るのを見るのがとっても好き」
『…………………………………………………』
「でもね、私は妖精さんたちから聞いてるから」
私は窓の向こうにゆらゆらした影があった家の敷地に入る。その窓は鍵もかかっておらずあっさりと開いた。開いた向こう側には、焼け焦げた部屋と、やはりゆらゆらと蠢く影。
「あなたは金属が大っ嫌い」
財布の中から十円を取り出し投げつける。
『きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!』
絹を裂くような悲鳴のあとにゆらゆら影さんはいなくなり、そして世界も歪んで、それが治まるころにはまた元の道に戻っていた。住宅街の中に焼け落ちた家など一軒もなく、犬の散歩をする子供や自販機で買い物をしているサラリーマンがいる。
「ふう……」
やはり情報収集は大事だ。身の危険を払うために、いろいろと妖精さんから話を聞いておいて良かった。とはいえ、それで全て解決できるかは別の話だ。
(だから安易に100億とかにも使えないんだよね……)
はぁ、とため息を着きながらポケットの中の黒い石を弄ぶ。
これを使う日はいつなのか……そして何に、使うのか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます