タバコの煙
うちの会社はこのご時制に珍しく喫煙室がある。
「喫煙する自由だってあるはずだ」
そういう理由らしい。驚きなのがそう主張した社長は非喫煙者なところだ。会社の中のそこそこのスペースがある一室が喫煙所となり、灰皿はもちろんそこそこ大きいソファや万一のための消火器もある。出るときはオゾンがどうたらというやたら高性能な消臭の機械を使わなければいけないが、それはやむをえまい。
「ふぅー……」
やたら値段が高くなってきたタバコを喫煙室で大事に吸う。この一本のために生きているというのは、さすがに過言だろうか。
「……………………………」
部屋の中は珍しく一人だけだ。……いや、一人というべきかどうなのか。
『■■■■■■■■』
『■■■■■■』
『■■■■■■■■■■■』
部屋の隅に、何かいる。ぼやけていてよく見えないが、多分おばけの類だ。
……子供の頃はよく変なものを見ていた。成長するにつれ見えなくなっていたが、この部屋にいるときだけはなぜか見える。そして、姿は朧げだというのになぜかそいつらがタバコを吸っていることだけははっきり見える。
(なんなんだあいつら……)
過去の経験から、関わらないほうが一番良いということだけは分かっている。避けすぎても勘付かれるし、結局あいつらなんていない風に装うのが一番なのだ。
(ん?)
ふと、窓の外を見ると蔦のようなものが窓の向こうに垂れている。この建物は壁や窓に蔦が茂るほど古くもないし洒落てもいない。どこからか飛んできて窓に貼り付いたのだろうか。取って捨ててやろうとして、窓を開く。そして取ろうと手を伸ばしたときに、蔦がまた上からだらんと垂れて二本に増える。
二本、三本、四本、どんどん増える。まるで藤棚のように、まるで柳のように、上から何本もの緑が走る。
そして、それを搔き分けるように、足場なんてないはずの蔦の向こうから白い手がこちらへ伸びてきた。
ふぅー………………
呆気に取られていると、嗅ぎ慣れたにおいが鼻腔に満ちる。白い手はびくんとはねると、一瞬ですぅと消えていった。
『■■■■■■■』
「うわっ」
いつの間にか、隅っこにいる朧気な黒っぽいおばけがタバコを手にして隣りにいた。こいつが煙を吹きかけたのだ。黒いおばけはなにか言いながら窓を閉めたが、おばけの言葉はさっぱりである。
おばけはトントンと俺の胸ポケットを指で叩いた。
「ど、どうぞ……」
中に入れていたタバコの箱を差し出すと、一本抜いておばけは定位置に戻った。
帰宅後調べると、まず煙というのは邪なものを祓うものとして古くから使われて来たことがわかった。
そしてもう一つ、あの会社のビルは昔からやけに事故や事件が多いということも。
そして全て、窓辺で起こっているらしい。
「社長の野郎……」
知っててあのビル使ってやがるな、と一人で眉をしかめる。
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