拘束

 不動くんの部屋に行くと、何やら真剣な顔して座っている。


「何してるの」

「んー………………………………………………」

 不動くんの手首は結束バンドで拘束されていた。特に部屋が荒らされているような様子はないので、自分でやったのだろう。もう一歩近付くと、足先に何かが当たってカツンという軽くも固い音を立ててなにかにぶつかった。……刃の出たカッターだ。つまり、久しぶりに"キた"ということだ。

 どうしようもない衝動。傷つけたくないけど手は動いてしまう、そんな人生を左右する激情に。そしてそれを痛みで制するために、よく手首を傷つけていたのだ。

 不動くんの手首は結束バンドで拘束されているせいで確認しにくいが、血が流れている様子はない。

「がまんできたんだ。えらいね」

「ん……………………」

 頭をナデナデするが不動くんの顔は難しいままだ。がまんできるか怪しいので自縛しているからだろう。

「三島はうさぎさんかな?」

「?」

「餓えてるやつの前に来るんだ……」

「ブッタがうさぎさんだった時代に餓えてる聖者の焚き火に身を投げ込んだやつ?」

「それ…………」

「私はお坊さんじゃないし、不動くんに殺される気も今はないんだよね」

「…………………じゃあちょっと部屋から出て……………」

 その激情は、結束バンドすらちぎってしまいそうなのだろうか。

「全身縛ってあげようか」

 そしたらいいんじゃないかな、と提案すると不動くんは「頼む」とだけ呟いた。頼みのとおりに全身を結束バンドでぐるぐるにして部屋を出る。

「……?」

 なんだろう。

 何か、大事なことを忘れているような気がする……。



 数時間経って、そういえばあのままってのどが渇いたりしないだろうかと考えた。大丈夫そうなら水を飲ませてあげよう。

「入るね」

 返事を聞かずにドアを開けると「ああ!」と低い声の悲鳴が上がった。

「トイレ!」

「は?」

「トイレ! 行きたい! もれる!」

「……ああ」

 そうだ。全身拘束するなら先にトイレに行かせなければならなかったのだ。

「切ってあげるね」

「早く早く早く早く早く早く早く早く早く」

「はいはい」

 拘束を抜けた不動くんはこれ以上ないくらいの勢いで走り出して、トイレへと向かっていった。

「あー……人権失うところだった」

「自分や他人を傷つけてしまうほどの衝動は?」

「トイレの欲求の前には弱い」

 生理現象って強いなあ……とぼんやりと思った。

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