猫の行く末
もう二年も前の話になる。俺と三島が出会ったばかりの頃の話だ。
初めてまともに話したときに噛まれるという体験をしたわけだが、それで惚れた。多分あれはお化け的なやつを追い払ってくれたんだろう。とりあえず惚れた。
で、問題はそれはそれとして三島という女がどんな女なのかさっぱりわからん。クラスでもいっつも一人だし、必要なこと以外しゃべんないし。
「いやお前、"自称霊感少女"はどうなの」
「俺怖い話好きよ」
「そうじゃなくてさあ……」
クラスでつるんでいる友達という名のバカどもからの評判は微妙だった。見た目はかわいいけど高校生で霊感って痛くないか? という、まあ、妥当だよなという評判。
「まあ俺はそれは気にしねえ愛おしい。それはそれとしてそれ以外でどんな面があるか知りたい」
「どんな面っつっていつも一人じゃん」
「誰かいねえのかよ三島と中学同じヤツ」
「俺同じだけど一年の途中ずっと不登校か保健室登校かだっただったはず。一年のときクラス違ったからなんでだかは知らん」
「ふーん」
「ってかなんで三島なんだよ」
「秘密ぅ」
「うわキモ」
「殴られてえのか?」
リサーチしても内面のことはよくわからなかった。霊感云々に関してはあんな出会いをしたから俺的には本物じゃねえかな~って判定だ。だいたい嘘霊感の痛い子だったら、自己顕示欲が強くてもっと目立とうとするだろうけど、三島はむしろ人を避けて孤独になろうとしてる。
(不登校ねえ……)
中学で人間関係失敗して嫌になったのだろうか。まあ、よくある話だ。
「来ちゃった♡」
「………………………………………」
じゃあ自分の足で情報を稼ぐしかないよね。本人に突撃だ。
「………………一人で帰るから」
「えーいいじゃんいいじゃんいいじゃん。ほらこの前? 多分助けられたし? お礼するからさあ」
「いらない」
放課後に一人で帰ろうとした三島にベッタベタに張り付くも、ほとんど無言を貫かれてしまう。コミュニケーションをとるつもりはないようだ。ふーん。
「ちぇー。じゃあまた明日な」
「……………………孤立してる子に関わらない方がいいんじゃないの」
「え~~、そんなん気にするタイプだと思う?」
ニヤニヤと笑ってみせると、眉をしかめて一人でどこかへ行ってしまった。さて尾行開始だ。しゃべらねえ以上行動を見るしかない。ストーカーとか言ってはいけない。
「…………………………」
三島は近くの町の中から外れて、薄暗い路地をずんずん進んでいく。そしてどん詰まりに着くと、片隅に向かって話しかける。
俺にはそこには、何もないように思えた。
「………から…………で………」
(………何話してんだ?)
ばれないように隠れているせいで、声がよく聞こえない。そしてしばらくしたら出てきて、あとは家に帰る。それが数日続いたが、俺が分かったのは三島は路地裏で見えないなにかに語りかけていることだけだった。
あとは、
「…………連れてってあげるから」
なんとか聞き取れた、一つの言葉。だがその前後はわからないので何をどこに連れていくのかはさっぱりだった。
そしてそれも、大雨の日を境にぱったりと止んだ。それよりあとは真っ直ぐ家に帰っているようになった。
(なんだったんだあれ……)
日曜日、私用でその路地の近くを通ったので寄ってみた。当然暗い路地には三島もいないし他になにもいない。三島が話しかけていた場所には、本当に特筆するようなことはなんにもない、ただの経年劣化したコンクリートがあるだけだった。
ただ暗いだけのそこから明るい道に戻ると「あら~」と話しかけられた。母さんの友達のおばさんだ。
「日陰くんじゃない。どうしたのそんなとこから」
「んー、なんとなく」
「だめよそんなとこ行っちゃ。そこ猫の墓場なの」
「墓場ぁ?」
野良猫やときにはペットも、死期を悟ったときは不思議と似たようなところに吸いこまれるように行き、そこで死ぬ。死因と思えるような外傷がない猫の死体がちょいちょい見つかるので、そこを猫の墓場というらしい。
「この前もねえ、山田さんところのタマちゃんがねえ、いなくなったと思ったらそこで息をひきとってたの。猫のわりにずいぶん長生きしてボケちゃってたからねえ」
「寿命じゃん」
なるほど、と。思った。同時に、ぽつんぽつんと雨粒が頬に当たる。
「あら雨。早く帰りなさいよ」
「へいへい」
数日前の大雨の日、雨があがると思わず見上げてしまうほど、でかいでかい虹がかかった。
犬を飼っているのでさすがにこれは知っている。ペットが死んだら天国の手前にある、虹の橋を渡るのだ。そこは明るく、食べ物もいくらでもあり、とてもとても楽しい場所であり、虹の橋を渡ると生きているときの病気や怪我の苦しみもなくなるそうだ。そして飼い主が死ぬまでそこで待っていて、いっしょに天国へと行くのだという。
虹の橋を渡ると健康になるということは、橋を渡るまでは生きているときのままということだ。そして山田さんとやらの猫はボケていた。もしかしたら、虹の橋に行き着けなくなるくらいに。
そして三島は言っていた。「連れていってあげる」と。
「ふーん……。ふーん……ふふふふふ………」
「おはよ三島ぁ」
「………………………………おはよう。どいて」
登校して来た三島を出迎える。今日も囚人かのような重苦しい仏頂面だ。笑えばもっとかわいいのに。
「ねーえ、ねーえ」
「ほっといてほしいんだけど」
「山田さん家のタマちゃんはぁ、虹の橋渡れたかなあ?」
クラスの雑音に紛れるくらいの小声で、三島の耳元でささやく。三島は一瞬、眉をしかめるが、すぐにまた無表情になる。
「なに? 自分に霊感はあるとでも言いたいの」
「俺にはないなぁ。まあ情報収集はできる男って評価してくれよ」
「そう」
去ろうとした三島の手首を反射的につかむと、一瞬の間のあと、拳が俺の腹に叩き込まれた。うん、全然痛くない。全く鍛えられていない女の子のパンチ! かよわい! かわいい!
「よわよわパンチかわいいじゃ~ん」
「離してほしいんだけど」
「はぁい」
パッと手を離す。元々反射的に掴んでしまっただけで未練はないし、いつの間にか遠巻きに見てるクラスの連中もウザい。三島はさっさと自分の席につくと、鞄から本を取り出して読み始めた。
「俺さぁ。優しい子も気の強い子も好きなんだよ。付き合ってよ」
「嫌」
「つれねぇ~~」
チャイムが鳴る。そろそろ担任が来るだろう。いいかげん自分の席に戻ろうか。いや、最後に一言だけ伝えておこう。
「放課後デートしよ」
「しない」
うーん。かなりガードが固い。さてどうやってあれを崩そうかと考えながら、自分の席の固い椅子に座った。
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