少し先の未来
「誕生日さあ、何ほしい?」
ATMからおろした万札数枚を手に、不動くんが私に尋ねてくる。
「………万単位のものはいらないよ」
「ええ~? いいよ遠慮しなくてもさぁ」
貢ぐタイプなのか不動くんは私に良くお金を使おうとしてくる。
「いくらでもいい。俺はお前が楽しくなってくれりゃいいんだよ」
「私にお金なんて使うの楽しい?」
キャバクラとかならまだわかる。あそこは女の子が楽しくおしゃべりするところだから。でも私は楽しい会話やサービスは提供できない。
恋というのはそういうものではないとはわかっているが、感覚として話していて特に楽しいわけではないであろう女に金を注ぐのは理解しがたいのだ。
「何言ってんだよ。好きな子に金を注ぎたいなんて、当たり前だろ?」
「………そうかな」
「そうだよ。ああ、一生愛も金も体も言葉も注いでやるよ」
それは、よくあるいつもの会話。
休みの日、図書館の帰りに一人で道を歩く。
「あ……」
宙に浮かんでいたのは、時計。一般的な壁掛け時計が、なんの支えもなく空にじっと佇んでいる。
「はあ……」
知っている。これは時いじりさんだ。じわじわと発光している時計からは逃れられない。しばしあとに強烈な光を浴びたあと、私は違う場所へ移動していた。
「……………」
さっきまでいたのは住宅街なのに、ここは駅前の商店街。コンビニに入り、スポーツ新聞の日付を確認する。
2023年9月15日
時いじりさんはときたま近くにいる生物を過去や未来に飛ばす。飛ばされる先はランダムで、法則のようなものはない。三十分もしたらまた時いじりさんが現れて、元の世界に戻ることができる。
ただし、時いじりさんは時計がある空間がある場所にしか現れない。なので森でさ迷っていたりしたら時いじりさんが現れず元の世界には戻れない。
(ま、その心配はないけど……)
商店街に時計はいくらでもある。コンビニを出てぶらぶらと歩くことにした。
「どうしようかな……」
「だからさぁ、このホテル行こ? 俺行きたくなっちゃったあ」
聞き覚えがある猫なで声がした。振り返ると、案の定褐色肌の黒髪長髪の男がいる。手首にはジャラジャラとしたアクセサリーをつけていて、声は軽薄そのもの。スマホを隣にいる人物に見せている。
未来の不動くんだ。
(まあ、3年後の仙台だからいてもおかしくないか……)
未来の世界には未来の不動くんがいるのはいい。それはなんにもおかしくない。
それはそれとして、その隣の女は誰だ。
「スケベ。あとよくそんな変なもの見つけてくるよね」
「だってさあ、面白いほうがいいじゃん」
ケラケラと笑う不動くんの隣には、髪を編んでハーフアップにした女。クスクスと笑う仕草は私からは縁遠いものだ。
……誰だ。クラスメイトではないと思う。私ではないことは確かだ。私はあんな風に笑わない。
「ふぅん……」
────ああ、一生愛も金も体も言葉も注いでやるよ。
高校生が語る"一生"は儚い。三年で鞍替えしたようだ。
「別にいいけどね……」
誰を選ぼうが不動くんの自由だ。
カチ、カチ、と時計の針の音がする。
「温泉一泊することにしたんだけどさあ、どこがいい?」
「…………………」
私の誕生日プレゼントの話である。私の同意抜きで温泉旅行に決まっていた。
「どうせ断られるだろうからって本命の代案用意してるでしょ」
「あぁん俺のことわかってんじゃ~ん」
最初に無理な提案をして断られてから本命の提案を出すと承認されやすいとネットで見た。不動くんならそれくらい小賢しいことはするだろう。
「でさあ、俺の本命は」
「三年後に鞍替えするんだからそんなお金かけないほうがいいよ?」
不動くんは「は?」という顔をしている。昨日のことを話すと「はぁ~?」と大声を出した。
「俺が三島以外になびくわけないじゃん」
「隣の人私じゃなかったし、ホテル行こうって言ってたけど」
「なんで三島じゃないって言いきれるんだよ」
「私はあんな風に楽しそうに笑わない」
私はいつも、無表情の女だ。笑わないし泣かないし怒らない。つまらない女だ。
「じゃあ三島が笑えるようなったんだろ」
「……なんでそうなるの?」
「だって俺他の女に手出すつもりないしぃ? 俺と結ばれてハッピ~~~になったんだよそうに決まってる」
ヘイ! ヘイ! と手拍子を打っている。
「ああ! そうに決まってる! いずれ結ばれるんならいま結ばれたっていいよなぁ!? 付き合ってくれよ!」
「……あの人胸大きかったんだけど」
「……成長したんだろ」
目を泳がすな。
「はあ……なんかどうでもよくなった。で、誕生日プレゼントだっけ」
「話題キャンセル? まあいいや俺はハッピーだぜいずれ三島と………ふふふ………」
「………………」
ずいぶんと楽しそうなことだ。そうしていた不動くんがはっとした顔になる。
「なあ……」
「何?」
「好きな人に胸を揉まれると大きくなるらしいぜ……?」
とりあえず、みぞおちに一発いれておいた。
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