呪い殺したいの!

 私には霊感がある。そのせいなのか、人を呪い殺す方法を教えて欲しいと言われた。  


「ええと、そういうのはちょっと」

「教えて!」

 腕をがしっと捕まれる。相手は顔もよく知らない上級生。私の霊感があるという噂を聞いて、わざわざこんなことを聞きに来たらしい。

「ほんっとうに憎いの! 殺したいくらい! けどあんなやつのせいで私が警察に捕まるとか絶対嫌! だから教えて! 呪い殺す方法!」

 私の両肩を掴んで思い切り揺らす。周囲の制止はまるで耳に入らないようだ。

「奥さんがいるなんて聞いてない! 聞いてたら絶対付き合ってない! 処女だって捧げなかったのに! あのクソ野郎!」

「あの」

「教えてよ! 教えてよ! 教えてよ!

 あいつを呪い殺す方法! 地獄を見せてやるんだから!」

「呪いって難しくて、失敗すると三倍に跳ね返ってくるとも言われてて」

「成功したらいいんでしょ!? 教えてよ!」

「でも呪いって割に合わなくて」

「教えて!」

 こんな人に呪いなんて教えたら、きっとすごくすごく面倒なことになりそうだから、私は頑として教えなかった。業を煮やしたのか、先輩は「もういい! 自分で調べる!」と教室を出て行った。

 あとに残されたのは呆然とした私のクラスメイトたち。まさか朝一番でこんな騒動に巻き込まれるとは思っていなかった。

「おお……お疲れ三島。なんか役に立てなくてごめんな……」

「気にしないでいいよ……」

 不動くん他何人かのクラスの子はがんばって止めてくれていたけれど、完全に暴走した先輩は一切耳を貸さなかったのだ。

「やべえなアレ……」

「マジで呪いそう」

「いやもう直で殺すんじゃね」

 ざわざわとするクラスメイトたち。そんな声を聞きながら、乱れた髪を整えるために、ポーチから櫛を出した。


「…………」

「…………」

 数日後。私と不動くんは上を見上げていた。正確には、中庭の松の木を。

 松の木には、首つり死体がぶら下がっていた。三十代か、四十代か、とにかく大人の男の人の死体。それが、右半分だけになって、首を吊っていた。

 体育館の方向から松の木まで、太い太い血の帯が色濃く残っている。まるで、この男の人が体育館から松の木まですり下ろされて、そして残った半分が首吊りをしたみたいに。

 朝っぱらからそんなものを見てしまったせいで、他の生徒たちは泣いて、吐いて、腰を抜かしている。先生たちも動揺していて、静かに眺めているのは私と不動くんだけだ。

「なあ三島」

「なに」

「これ、この間のアレか?」

 男の人の首吊り死体の隣に、うちの制服を着た女の子が、同じようにぶら下がっている。こっちは左半分になっていて、同じく体育館から松の木まで、もう一つの少し細めの血の帯の先にぶらさがっている。

 それはこの間呪いを教えてと言ってきた先輩のように見えた。

「かもね」

 どこかで得たのだろう。呪いの知識を。

「うへっ、いやあ失敗すると怖えなあ、呪いって。三倍で返ってくるんだっけ?」

「失敗してないよ」

「え?」

 地面ですり下ろされて右半分だけになって、首を吊る男の人。

 地面ですり下ろされて左半分だけになって、首を吊る先輩。

 それは、“全く同じ“に見える。

「失敗したら、三倍で返ってくる。

 けどね、成功しても同じ目に遭うの」

「はー……なるほど」

「言ったでしょ。割に合わないって」

 例え嫌いな人を呪い殺せても、自分が死んだら意味がないだろうに。

「やっぱムカつくやつは直で殴らねえとダメってこったな」

「それはそれでどうかと思うけど」

 先生たちが離れることを促してくる。それに従ってその場から去った。先輩がこの結果に満足しているのか後悔しているのか、先輩の幽霊はここにはいなかったので、それは私には分からなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る