右を見ろ 下をミろ 左ヲ見ろ 上をみろ
オレはダイエットのための早朝ランニングの途中、公園のトイレに寄った。
ここのトイレはいつもキレイに清掃されている。だから扉に書いてある『ソレ』は余計に目立っていた。
『右を見ろ』
個室の扉を締めて洋式便器に座ったらちょうど目の前。そんな位置にマジックでそう殴り書きされていた。なんとなく指示通りに右を見る。
『下をミろ』
同じ筆跡で、右側の壁に書かれていた。そしてまた同じように指示通りに下を見ると、
『左ヲ見ろ』
床に、そう記されている。
怪談でこんなのあったなあ、と思いながら下に視線を向けたまま頭を左に動かすと、また床に
『上をみろ』
そう殴り書きがあった。
(本当に怪談そのままだな)
子供の頃図書館で読んだ怖い話の本にこんな話があった。ネットでも似たような怪談でを見たことがある。オチはもちろん、指示通りに最後に上を見ると、お化けがこちらを見ていて殺される、というものだ。
それを思い出して上を見るのを躊躇する心と、そんなこと現実に起こるわけがないという心。両方の気持ちで思考が揺れ動く。
(いや、そんなことあるわけない)
お化けなんかいるわけない。そんな非現実的なこと、起こるわけがない。オレは子供向けの怪談じみたシチュエーションに怯える自分の弱い心を否定するために、指示通りに上を向いた。
……ほら、なにもない。ただドアの上部と天井が見えるだけ。
「せめてオチくらい用意しろよ」
フフッと余裕の笑みを浮かべながら誰とも知らぬ悪戯書きの主にツッコミを入れる。そんなツッコミも、オレ一人しかいないトイレの個室では反応もなくただ虚空に消えるだけだ。
そう、ここはオレしかいないトイレの個室。そんな場所にいるオレの後ろ髪に、誰かが触れる感触があった。
******
「おはよう、お母さん」
「おはよう」
私はふわあとあくびをしながらキッチンに入った。昨日は夜更かししたから今日はもっと遅くまで寝てるつもりだったのに、外の騒音がそれを許さなかったのだ。
「あんた、今日は外に行くのやめなさい」
「なんで?」
「公園でね、死体が見つかったんだって」
お母さんの表情は硬い。だから外がサイレンやら何やらでうるさかったのか、と納得した。
「自殺とか?」
「なんかね、首がない死体があったんだって。殺人よ殺人」
ああ怖い怖い、と言いながらお母さんはネギを刻む。
「ふうん」
自分の分のご飯をよそいながら、今日は買い物したかったのになあ、と私は人ごとのように思うのだった。
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