殺し合う話
『今からあなたたちには、殺し合いをしてもらおうと思います』
空の上から声が響く。周りには、俺と同様に番号が刻印されたドッグタグをつけた人間が困惑して上を見ていた。
声は涼やか。だが反するように、その中身は残酷に満ちている。
『私たちは退屈です』
『殺戮は娯楽です』
『だからみんなで殺し合って、楽しませてください』
『生き残った一人だけに、報酬として■■■■■をあげます』
複数の、女とも男ともつかない声。この場の困惑が加速する。
『安心してください。これは夢の中です。だからここで死んでも夢から覚めるだけです』
『夢なので、どんなことをしてもいいのです。痛みや苦しみは現実そのままと同じ程度ですが、しょせん夢なのです』
『ここでどんなに痛い目にあっても、起きたら体はキレイなのです』
『心のトラウマは管轄外です』
『だから存分に殺し合ってください。本性をぶつけあってください』
*****
最初に死んだのは文句を言ってその場を立ち去ろうとした男だった。そいつはあっという間に体がひしゃげてただの肉の塊になった。
その場にいた百名ほどの人間は恐慌から一斉に逃げ惑い、そしてやがてどこかから銃声が聞こえてきた。
武器や当面の食料は配布され、無人の建物があり、そこからは、本当に殺し合う日々。隠れて、騙して、撃って、殴って、奪って。数日も経てば平穏な日本人の感覚はとっくの昔に麻痺してしまった。
(ったくなんでこんなことに……)
もうここにきてから何度目かの思考。
間違いなく、俺はここに来させられる前はただ自室で寝ていただけなのだ。なのに目が覚めたら無人島に閉じ込められていて、バトル・ロワイアルをさせられている。
空から声をかけてくる謎の存在によればこれは夢、しかもしっかりと記憶に残る夢だという。本当に勘弁してほしい。
これは謎の存在の暇潰しゲームだ。自分はただそれに巻き込まれているにすぎない。向こうからしたら、人間がカブトムシを捕まえて相撲をとらせる程度のことなのだろう。
「ったく……」
出血は止まったが、撃たれて腕にかすった部分が痛む。痛みのたびに、謎の存在への怒りがいっそう強くなる。
(…………)
音がした。草を踏む音。少し離れた位置。
(…………いた)
スコープを覗き込む。その先にいるのは、疲れた様子の男だ。武器は銃を携帯している。
(…………)
「ぎっ」
サイレンサーつきの銃の前に、自分と生き残りをかけていた男はあっさりと倒れ伏した。
「はー…………」
どさりと草原に倒れこむ。ようやく煙草を思いきり吸えるし物音に気を付けなくてよくなる。
だってさっきの男が自分を含めて残り二人である生き残りのうちの片割れだったから。
『おめでとうございます』
『おめでとうございます』
「……どうも」
言葉は祝っているが、声は無感情だ。
煙草を吸い終わると急に世界が暗くなり、一瞬にして森のなかではない、真っ白の空間に飛ばされた。壁も床も天井も白い。そしてなにより白いのは、真っ白な椅子に座った人、のようなもの。
「…………あんたらが指示をだしてたのかよ」
『口が悪いですよ』
それらは多少の性差や年齢差は感じたものの、それよりもはるかに目を引く顔をしていた。
唇から上が、なかった。
目も鼻もなく、耳もない。唇から上は、まるで特殊な形のティーカップのよう。実際に、頭のなかに本来あるはずの脳みそはなく、代わりに金平糖のような小さくキラキラ光るものが詰まっていた。
「で、次はここで殺し合いか!?」
『まさか。ここをあなたのような野蛮な血で汚すわけにはいきません。第一、そんなおもちゃでは私たちを殺せませんよ』
座っているだけの連中がクスクスと、嗤う。
『では優勝者であるあなたには■■■■■を特別に一つ分けてあげましょう』
いつの間にか、背中のほうにテーブルが置かれている。そしてその上には黒くて四角い、小さなキューブが山積みになっていた。
「……へえ、これが途中あんたらが言ってた、なんでも願いを叶えるってやつか」
■■■■■────正しく発音できないそれは、優勝者への褒美だ。健闘を称えるのではなく、暇な自分達をほんの一時でも楽しませたことへの、褒美。
「ああ、先に一ついいか?」
『なんですか。無礼な』
「どうせならさ、全部くれよ」
発砲。銃口を突きつけたとき、たしかに目の前の存在は笑っていた。さっきの言葉のとおり、本当に普通の銃では死なないのだろう。銃口を向けてから発砲までのわずかなタイムラグもじっとして避けるしぐさはいっさいなかった。
だというのに、その存在はあっという間に蜂の巣になって倒れた。しなやかに体は陶器のように割れていき、落としたカップのように粉々となって床へと伏す。
『なっ……!』
それを見て他の存在たちも一気に動揺するが、時はすでに遅く次々と割れていくだけだった。
『な、なんでっ……』
「ちっ、弾切れかよ」
残る予備の弾すらもうない。「おい」と空中に話しかける。
「心臓頭! どうすりゃいいんだ!」
『ん~ふふふふふ……』
白い空間に、黒スーツを纏った、首から上が心臓のぬいぐるみになっている異形が立つ。
『ドキドキさんって呼んでよお』
『お前っ……』
悔しそうな声。口しか表情はわからないが、声と噛み締められる唇から怒りは十分に伝わってきた。
『できそこないのくせにっ』
『はいはい』
パアン、と割れる。心臓頭はいつの間にかハンドガンのようなものを握っていた。
『ご協力ありがとねー。あ、銃は返してね僕のだからね』
「……おお」
バトル・ロワイアル開始直後、俺はこいつに話を持ちかけられた。手を組まないかと。理由は知らないがこの心臓頭とあの陶器もどきは酷く険悪な関係らしく、心臓頭はこの殺し合いをむちゃくちゃにしたいらしい。だが派手に動けばすぐに見つかるから、最後の生き残りが■■■■■を陶器もどきから貰うために接触するところをおさえたいそうだ。俺は心臓頭から武器や島の情報を貰い、気づかれない程度にこっそり支援ももらいつつ優勝した。
「……で、この黒い四角、本当に願いがなんでも叶うのか?」
『ほんとよほんと。ドキドキさんもねえ~自分のお店の商品によく組み込むんだあ。ふふふふふ』
「十個もらうぞ。約束だからな」
『いいよいいよいいよ』
この黒い四角を十個。それが報酬だった。
「ようやく借金から解放されるぜ……」
『うふふふふおめでとおめでと。でもねえ、あんまり無茶なお願いはダメだよ? よ?』
「無茶?」
『世界なんて滅んでしまえとかね。そういうのはダメね。世界が滅んだらお客様がいなくなっちゃうからねえ………』
何がおかしいのか、この心臓頭の声はずっと笑っている。頭部にあたる心臓のぬいぐるみに表情はないが、それでとはっきりわかるくらいに。
「なあ」
『ん?』
「こいつ、あんたのなんなんだよ?」
足で陶器を軽く踏む。酷く険悪なのは聞いている。そして、さっき陶器もどきは心臓男を出来損ないと言っていた。同種なんだろうか。
『うふふふふ身の上話を聞くにはまだまだ好感度が足りないなっ! 今の友情ランクは2! 絆イベントをこなしてもっともっと好感度を稼ごう!』
「ゲームかよ」
つまり話す気はないらしい。そして代わりとばかりに、手に名刺を押し付けられた。
『さあ友情ランクが2にあがった君にプレゼント! ドキドキさんの名刺だよ! 装備するとアイテムが手に入りやすくなるよ! よかったね!
ドキドキさんはネットショップもやってるんだあ。アドレス教えるから見てみてね!
どうぞどうぞ、ご贔屓に……』
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