ある辛い夜の日のこと

 カチャリ、とドアが開いた音がした。


 運悪く鍵が壊れていて修理は明日。しょうがなく今夜はチェーンだけで過ごすことに決めた、そんな夜。

 一人暮らし。親兄弟は遠くはなれた地元にいて恋人もいない。友人なや必ず事前に連絡がくる。夜中ゆえに、宅急便というのもありえない。


 ざあざあざあ

 ざあざあざあ


 夕方から降り始めた雨はいよいよ強くなっている。緊張した空気が張りつめる部屋に、ただ雨の音だけが響く。

 確認するために、玄関へと続くドアを、開けた。

 幾本もの白い腕が、チェーンが作る隙間から入り込んでいる。何本も何本も、上からも下からも、真っ白な腕が外から内へ。

「ひっ……!」

 思わず尻餅をついた。そうしているうちにも腕はするすると家へと入っていき、そして全てが家へと侵入した。胴体と言える部分はなく腕のみであったが、それぞれ独立した腕が編むように絡み合い、丸い玉のような姿となった。

 そして、腕の隙間からぎょろりとした目が見えて、そしてそこで静止する。

「なっ……!」

 なんでこんな、化け物が。


*****


 申し訳ないことをした。どうやらこの部屋の住人には私の姿が見えるらしい。

 住み処から遠出をしたら、夕方から雨に降られた。住み処からは遠く、近くに知り合いもおらず、ちょうどよい隠れ場所も見つからず、仕方なく人間の部屋へと忍び込んだ。一晩、たった一晩雨をしのぐために。一晩中雨に濡れるのは辛い。

 ……人間には私たちが見えないと聞いていたが、もしや稀にいるという視える人間か。いや、この反応だとたまたま何かがかちあって、今このときだけ"視えてしまった"人間なんだろう。へっぴり腰で逃げ出して、主に生活に使っているであろう部屋に隠れて籠ってしまっている。

 本当に申し訳ないことをした。悪いことをするつもりはないが……どうか今この雨の晩の間だけは……。

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