苦手

 私には霊感がある。


 霊感があるからこそ苦労することがある。見た目が怖いお化けや妖精さんにはもう慣れた。血まみれの幽霊や人食いのお化けよりももっともっと苦手なお化けはいる。

 私は今、客が少ないカフェにいる。美味しいカフェラテと控え目に流れているジャズが好きで、よく来るのだ。

 そしてそんな私の楽しみを邪魔するかのように、太っていて、汗をかいていて、変な女の子が描かれたシャツを着た幽霊が、ハアハアという荒い息を吐きながら私背中にぴったりと張り付いている。

 そう、変質者の幽霊。

 人間でも幽霊でも変質者は苦手だ。むしろ生身だったら警察が連れて行くだけマシだ。幽霊にはそれがないからこうやって二十四時間ずっと監視されるハメになる。昨日は裸を見られるのが嫌でお風呂に入れなかった。

(どうしよう……)

 私には霊感があるけれど、お祓いの力はない。飽きてどこかに行くのを待つしかないのだ。

(仲がいい妖精さんやお化けさんに聞いたらどうにかする方法知ってるかなあ……)

 そう考えながらカフェラテをすすると、「あっれ~?」と場違いな野太い声がした。

「三島じゃん! ぐ~ぜ~ん!」

 同じクラスの不動くんだった。今日は本当に厄日らしい。

「いやー偶然偶然! 今日の俺はラッキーだな! 尾行……いやたまたま見つけた店に入って良かった!」

 変質者が二人に増えた。尾行という言葉、聞き逃すわけがない。

 不動くんは私になんの断りもなく隣の席に座ると私の肩を抱いてきた。こういうところが苦手なのだ。そして抱いた手を思い切りつねろうがびくともしない頑丈なところはもっと苦手だ。

「この後どこ行く?」

 なんで一緒に行動する前提なんだろう。

 頭痛薬が欲しくなってきたところで、ふと先ほどまで聞こえてきた荒い息づかいが聞こえないことに気付いた。

 幽霊のほうの変質者は、私の背中から撤退して、カフェの入口でこちらの様子を伺っている。どうしたんだろう、と思ったが心当たりは隣にいた。

 不動くんは目立つ見た目だ。背が高くて、顔が良くて、褐色肌で、肩につきそうなくらいに髪が長くて、体は鍛えられていて、アクセサリーをたくさんつけている。そして今日はアロハシャツに、なぜか下のTシャツにサングラスを差していた。これで髪さえ染めていればパーフェクトだと思う。チンピラにしか見えない。

 対して幽霊のほうの変質者はいかにも秋葉原にいそうな感じだ。生理的に苦手なんだろう、不動くんみたいな派手な人が。だからきっと、不動くんといっしょにいればそのうち諦めてどこかに行くだろう。

 うんこ味のカレーとカレー味のうんこを選ぶときって、こんな気分なんだと思う。

「……そうだね、暇だし映画でも見ようか」

「マッジで! いや~やっと三島も俺の彼女に」

「あんまり調子に乗らないでくれない?」

 ヒールでサンダルの足を踏むけれど、痛そうな気配は微塵もない。本当に苦手、こういう人。

「あーわかったわかった。で、何見る? アクションとかイケる?」

「疲れてるから、あんま深く考えなくていいやつ。あと、指一本触れないで」

「へーへー」

 会計をしているとき、ふと入口を見ると変質者の幽霊は消えていた。代わりに背後にいるのは上機嫌な生きている変質者。

 家の中に入ってこないだけマシだ、そう言い聞かせながら、私は小銭を店員さんに差し出した。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る