神隠しの末に

 神隠しに遭いました。


 父は飲んだくれて、母はいつも怒っていました。酔いを、あるいは腹立たしさを紛らわすように私に暴力を振るうのです。それが嫌で嫌でしかたがなくてお山の中に逃げ込んだら、いつの間にか見たことのないほど美しい花畑の中にいました。そして中央にある御殿からは、美しいけれど、大人よりも遙かに大きく、額の中央に銀色の角が生えている人が現れたのです。角といえば鬼、けれどもその人は優しく声をかけてきてくれて、ちっとも怖くありませんでした。

『ときどきこうやって人や動物が紛れ込んでくるのだ』

 銀と名乗るその方は、山の世界と人の世界の狭間に住むお方。ここは銀様のお家で、他にもかつてここに紛れ込んできた大人や子供や動物が一緒に住んでいました。

「ここに食べ物はなんでもある」

「着物もいっぱいあるよ」

「銀様の飼っている馬を見た? 羽が生えていて背中に乗せて飛んでくれるの」

 銀様も他のみんなもとても優しくて、毎日が楽しくて、元の世界に戻ろうなんてちっとも思いませんでした。ずっとここにいようと誓いました。そして私のあとにも何人もの子供が訪れ、着物が洋服に変わり、髪の色が染まっているようになり、“すまーとふぉん“とかいう変なものをみんな持っているようになりました。外の世界はきっと私の知る世界とは遙かに違うものでしょう。けれど、みんな外にいたときよりここにいるほうが幸せをと言っていました。

 しかも私は何十年もここにいますけれど、私の姿は子供のまま。ここは時の流れが外と違うので、年老いることはないそうです。『老いは苦しみに繋がる』と銀様がおっしゃっていました。きっと銀様のお力で若いままでいれるのでしょう。

 けれどここにも悲しみはあります。葬式です。

『老いは止めれても死は止めることはできない』

 今日は一人、仲間が布団から起き上がることなく旅立っていきました。彼は八十年ここにいたといいます。

 葬儀を終えて、少し歩いた先にある泉に遺体を運びます。

『彼の来世の幸せを』

 銀様がそう言い、みんな祈ります。そして彼の体を泉に沈めます。重りも何もつけていないのに、すぐに深い深い泉の底に沈んでいき、姿が見えなくなりました。

「ねえ、何で死んだ人はこの泉に沈めるの?」

 最近来た子が聞いてきました。

「ここは時が流れないでしょう。だからここに体があるといつまでも腐らないの。けれどそれだと魂は体ときちんと離れることができなくて天国に行くこともできないし、魂だけだと私たちとお話しすることもできないの。それって寂しいでしょう? 

 だから、天国に送ってあげるために、体をこの泉に沈めて、元の世界に返してあげるの」

 ここの泉は元の世界に繋がっているらしい、と銀様から聞いたことがある。“らしい“というのは、銀様も他の山の精霊からそう聞かされただけで、元の世界のどこに繋がっているのか分からないらしい。

 ただ、銀様もときどき天国に用事があって天国に行くことがある。そこにかつてここで亡くなった人たちはちゃんといたという。銀様が言うなら本当だろう。体はちゃんと外の世界の土へと還ったのだ。

『では花を』

 全員、一輪ずつ手に持った花を沈める。肉体が土へと還りますようにと、みんなで祈りを捧げた花を。それがここでの弔いの仕方だった。


*****


 まただ。また落ちてきた。

「いやーやべえな。どんな現象なんだろうな。事件? 事件か?」

 不動くんが興奮気味に話しかけてくる。不動くんは割と不謹慎な話が好きなようで、“こういう“話が大好きだった。

【怪奇! 死体が降る町!】

 不動くんのスマートフォンの画面にそんな文字が躍っている。この街に数十年、いや数百年続く怪奇現象。

 数年に一度くらいの割合で、身元不明の遺体が空から降ってくるのだ。身に付けているのは共通の着物で、いつも花を伴って雨の日に空から落下してくるのだ。

 ありとあらゆる専門家が科学的な説明をしようとしたが、納得できるようなものはまだでていない。

「三島的にはどうだよ。専門家だろ?」

「……別になんでもわかるわけじゃないけど」

 確かに私には霊感があるけど、何でもかんでも分かるわけではない。ましてやお空の上なんていう遠い世界のことは全くさっぱりわからない。

「今日も降ってきたりしてな」

「どうだろうね」

 今日は雨の日。この前死体が降ってきた日もこんな雨の日だった。

 曇天の空を見上げ、あそこはどこに繋がっているのだろうと、空想の翼を広げるのだ。

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