昔の記憶/新しい記憶
竜也には由紀ちゃんという幼馴染みがいる。
幼稚園のさくらんぼ組でいっしょになってから、ずっと仲良くしている。女の子だけど、おままごとやお人形遊びだけじゃなくて、ヒーローごっこや探検にも付き合ってくれるから、よく遊んでいた。
「ねえねえ、今度私けっこんしきに行くの」
「けっこんしき?」
「いとこのお姉ちゃんが結婚するの」
「へー」
「お母さんがドレスを買ってくれたの。きれいだから、見て見て」
竜也は由紀ちゃんの家に招かれた。しばし待っていたらピンクのドレスを着た由紀ちゃんが現れる。きれいだと誉めたら、由紀ちゃんは嬉しそうにくるくると回っていた。
「白いのじゃないの?」
「白いドレスは花嫁さんのものだから、他の人は着ちゃいけないんだって」
「ふーん」
「私も白いの着たかったけど、しょうがないよね」
少ししょんぼりした由紀ちゃんを見て、とっさに言葉が出た。
「じゃあオレと結婚するときに着てよ」
由紀ちゃんは少しビックリした顔をしたあと、笑顔になってすぐさまお母さんに報告に行った。由紀ちゃんからすぐに竜也のお母さんに伝わり、からかわれてしまった。
好きとか嫌いとか愛してるとか、そういうのがまだ曖昧な頃。「結婚するなら先にお付き合いしなきゃね」と親に言われて、よくわからないまま竜也は由紀ちゃんと「お付き合い」をした。もっとも、二人とも恋というものがよくわかっていないので、ごっこ遊びみたいなものだが。
由紀ちゃんの病気が分かったのはその少しあとだった。
「ショーニガンって何?」
「うーん……由紀ちゃんの体に、悪いお化けが住んでるの。お医者さんがやっつけてくれるけど、時間がかかっちゃうかもね」
由紀ちゃんと会えないのはさみしい。大きな病院へ通うために、もっと大きな街に引っ越すらしい。
さみしいな、さみしいな。他にも友達はいるけれど、由紀ちゃんと会えないのはさみしいな。
そう思いながら何気なく町中を歩く。この町は田舎で、商店街も半分くらいは閉まっていて、もう半分も誰も客が入らずにほとんど死んでいるようなものだった。
そんな死にかけの店の一つ、洋服を売る店のいつ行っても同じ服が飾られているショーウィンドウに、"それ"は映った。
『やあ~~~~~! きみはラッキーボーイかな??? ここでドキドキさんと出会えるのはなかなかにレアなんだよ!!!! よかったね!!!!!!!』
ガラスに映る、首から上が心臓のぬいぐるみのスーツ男。周りを見てもそんな人は誰もいないのに。
『さあ!!!! 小さなお客様!!!!!! 君は今困っていることはないかな?????』
そいつがガラスからずるりとすり抜けて地に足をつけたのでとっても驚いたけど、竜也は由紀ちゃんのことを話した。
『はい!!!!! いいものありますよ旦那!!!! この新作"まだマシな猿の手"なら その子だって助けれちゃう!!!!!』
ただし、と一拍置く。
『なんでも! なんでも願いが叶っちゃう! そうなんでも! でもこれは"猿の手"だから!!! 幸福の代償に不幸を招くものだから!!!!! そんなの怖くて使えないよね~~~~。でも大丈夫!!!
ドキドキさんの独自改造により"不幸"のあり方を固定しました!
それは"忘れること"!!!!! 得た幸福に関することをすっかり忘れちゃうこと!!!!! そんな記憶はなくしちゃう!!!
サクっと説明すると、君は由紀ちゃんのことを忘れちゃうし、由紀ちゃんも君を忘れちゃうけど、いい?』
よくわからない。よくわからないけど、うん、と頷く。だって子供だから、記憶の大切さなんてわからないから。
竜也が中学生になったころ、古いアルバムを見つけた。
そこにあった写真の、自分の隣に写っている女の子とはさっぱり記憶がなく、さすがに保育所のときに仲良くしてた子は忘れちゃう子もいるよなぁ、と流した。
*****
数十年後の話である。竜也は大人になって、商社に勤めていた。
「今日から新しい事務員さんが入るから……じゃ、自己紹介をどうぞ」
「小谷由紀です。よろしくお願いいたします」
ぱちぱちと軽い拍手があがる。その顔も名前もまったく見覚えはない。朝礼が終わって、上司ともに小谷さんがやってくる。
「じゃ、この菅原竜也が小谷さんの教育係だから、何か知りたいことがあったら俺か菅原に聞いてね」
「菅原竜也です。よろしくお願いします」
「小谷です。改めまして、よろしくお願いいたします」
上司が去って、先輩として雑談も交えながら指導を始める。
「へえ、小谷さん仙台出身なんだ。俺もだよ」
「そうなんですか! 偶然ですね」
穏やかにつつがなく時は進んでいく。
かつての思い出はなくなっても、新しい記憶は紡がれていく。
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