弱味
ちょっと、びっくりしただけだ。
ちょっと突き飛ばしただけで、あんなことになるなんて、思ってなかったのだ。
学校の帰り道、見知らぬ老人が話しかけてきた。
「にんじんは何円ですか?」
「え?」
「にんじんは何円ですか?」
聞き取りにくい声で、老人は何度も同じことを尋ねてくる。着ているものも明らかな部屋着で靴も履いておらず、おそらく認知症の老人だろうということはすぐにわかった。
(警察? 警察でいいのかな?)
スマホを取り出したが、折り悪く充電が切れていた。周りにも人がおらずどうしようとおろおろしていると、老人は「にんじんは、にんじんは」と腕を掴んでくる。
「ちょ、離してください!」
たったそれだけ。腕を振り払いたかっただけ。
それだけなのに老人が転んでしまうのは当たり前として、頭を打って動かなくなった。
「え……………………………」
壊れたラジオのように同じ言葉を繰り返していた老人はもうちっとも動かない。
「だ、だいじょおぶですかぁ?」
ひきつりながら体を揺すぶっても、動かない。どうしようどうしようどうしようどうしよう。
「あれ、何してんの?」
聞き覚えがある声がして、体が震えた。
「ふ、不動……その……」
「なに? その婆さん倒れてんの? 救急車呼んだ?」
「スマホ、充電、きれてて……」
「そうかじゃあ俺が呼ぶわ。ちょっと待ってろ」
そうして、通りかかった同じクラスの不動日陰が119に電話をする。バクバクと心臓の音が高くなり、不動の声もよく聞こえなかった。
家を抜け出した認知症の老人の事故。
一人で歩いて、一人で転んで、それを通りかかった女子高生が発見したがスマホが使えずまごつき、更に通りかかった男子校生が連絡をしてようやく救急車が動いた。頭を打って即死だったらしい。
警察からは簡単に状況を聞かれただけで、老人の家族からは逆にご迷惑をおかけしたと謝られてしまった。ただの不運な事故の第一発見者として片付けられ、日常はすぐに戻ってきた。
「よお」
「……不動」
「いや~、災難だったな~」
ニヤニヤと、笑っている。不動の評判は悪い。暴君で、友達も柄が悪い人が多くて、喧嘩をしたときもケラケラと笑いながら人を殴る人。
……タイミング的に、見られていた可能性が高い。
「な、なんか用?」
「いや別にぃ? ただそういやお前とは話したことなかったなあって。ほら俺友達百人目指してるからぁ」
馴れ馴れしく肩を組む彼は体格もあって異様な迫力があった。わざわざ近づいてくる理由は、わかっている。
脅迫。
「……これで、済ませて」
「うん?」
封筒に入れた三万円をちらつかせる。
「……なにがなんだかまったくわかんねえけど、気前いいじゃん。もらっとくわ」
ハハハ、笑いながら去っていく。本当に? これで終わり?
「念のため、もっと、用意しておかないと……」
胃の辺りが少し、痛くなった。
*****
「不動くんってけっこうお金もってるよね。なんで?」
「なんか金くれるやつがいたから」
そう答えたら、三島の目が厳しくなる。
「パパ活……?」
「違ぇよ! あとせめてママ活にしてくれ!!!」
「だってお金くれる人ってなんなの。けっこう豪快に使ってたよね?」
「さ~~? な~~んか定期的に金くれるやついたから素直に貰ってただけー。貰えるもんは貰う主義ー」
理由は、まったく分からないが。多分弱みを握られてると勘違いしてるんだと思うが、都合がいいのでほうっておいた。
「倫理観の欠如……」
「その通りでぇす」
「資金洗浄だったりして」
「いや、まさか……ってかそれだとなんかと引き換えだろ」
そういやあれなんだったんだろうな、と思ったが今となっては昔の話なのでどうでもよかった。
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