人生向上セミナー

 人生向上セミナー、と記された看板が立っている。


 怪しい、うさんくさい、それが見た瞬間に考えたこと。そして、物見遊山にどんなものか見てやろうとも。

 立て看板があるのは三階建ての何かしらの建物だった。壁の色は古いが掃除されいないわけじゃなさそうだ。建物自体に特徴がなさすぎて、多分オフィスビルかと推測するが入り口によくある「1階 ○○商事」といった案内はどこにも見当たらない。

(もしかしてマンションか何かなのか……? でもマンションでセミナーってやるか……?)

 まあ注意されたら出ていけばいいかと中に入る。中は案外広く、ガラス窓で中が良く見える会議室のようなものがいくつもある。

(公民館か?)

 そんな風に思いながらずんずん進んでいくと、人生向上セミナー、という立て看板と受付らしきテーブルがあった。

「おや、参加者の方ですかな?」

「あ、いや、えっと……」

「案内状はお持ちで?」

「いやー、えっと、持ってません。通りすがりで、はい」

「そうですか」

 受付にいるスーツ姿の男は、柔和な笑みを浮かべながらも目はこちらの上から下まで舐めるように見つめてきている。

 男だけではない。ガラス窓の向こうでテーブルに座っている"参加者"たちも、こちらをじっと見つめてきた。

「し、失礼しました~」

 本来用事もないのに入り込んだことと注目を浴びたことで急に恥ずかしくなり、脱兎のごとく逃げていく。ああ、暇だからって変なことをするんじゃなかった。


『いやあ、失礼しました。たまーにいらっしゃるんですよああいう、"こちら"に混ざりこむ人間の方が』

 受付が中へと入る。中に入った途端、受付の顔は崩れ目が三つになり、肌には灰色の体毛が生え、頭から角が出てきて、手に鋭い爪が生えた。

『びっくりした』

『こっち見てたよね』

『大丈夫だよね?』

 参加者同士でひそひそと話し合う。

『ええ、ええ、大丈夫ですとも! 心を読みましたが彼はあなたたちが"人間"であると疑いもしなかった! 逃げたのは話しかけられて気まずかっただけです! 前回の、"人間への変身方法セミナー"により見事みなさんは人間の変身方法を習得したという証であります! 拍手!』

 部屋中に拍手が満ちる。壇上に上がった受付はこほんと一つ咳払いをする。

『では本日の"人生向上セミナー"ですが、まずは人に化け生活する上での注意点を……』

 部屋の中の"人間"……のように見える存在たちは、熱心に受付兼講師の話を聞いている。ここにいるのは何かしらの事情で人に化けて生活することを決めた者たち。仕事の都合で一週間に数時間だけの者もいる。今の生活にうんざりして、心機一転、ほぼ完全に人間に変化して過ごす予定の者もいる。いろいろ差はあれど、みんなの第一歩がこのセミナーだ。

 人間社会にもいろいろなセミナーがあるように、お化けの世界にも、そういった"学び"がある。

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