負けず嫌いの将棋駒
将棋カフェに通い始めた。
将棋ができるスペースがあり、ちょっとした食べ物も販売されていてなかなか美味い。地域の将棋が趣味の男たちはみんなそこに集まって将棋を打つ。将棋が好きな店主が趣味でやっている店のようだ。
「兄ちゃん始めたばっかだろ? うまいね~」
「むかーし、じいちゃんに教えてもらってたんすよ」
「いいねえ、俺も孫が産まれたらやりたいわ~」
メイン客層はおっさんだ。教えたがりの中年にうまくとりいって輪の中に入る。
「ここ意外と小学生もいますね」
「まあ広くてきれいだし、将棋するなら料理注文しなくてもOKだからな。子供でも入りやすいんだろ」
「ふーん、上手いんすか?」
「やっぱ若いってのは違うわ。俺なんて小学生に負けたことあるから」
ワハハハと笑って一通り"負け自慢"が始まったと思ったら、そのうちの一人が「そういや兄ちゃんの将棋の駒、どこで買った?」と尋ねてきた。
「じいちゃんが昔使ってたやつだから、ちょっとどこで買ったかは……」
「いやそれならいいんだ。昔じいさんが買ったなら、ネットで買ったやつじゃないだろうしな」
「ネットで買うのだめなんですか?」
別にどこで買おうと同じだと思うが、こだわりだろうかと考えていると「いや、別に悪くはないんだけどなあ」と返答がくる。
「……ネットで買ったやつはな、使うと死ぬかもしれねえんだよ」
*****
十年くらい前、一人の子供が将棋カフェにやってきた。その子はかなり強くて、その場にいた大人が全員負けた。プロ棋士を目指していてカフェには息抜きで来ている小学生も、大会で上位入賞していた中学生も負けた。
いつしか噂を聞いてまるで道場破りかのように他の地方からの客が増えて、その子と勝負したりするようになった。当然腕自慢が揃うが圧倒的な強さで勝利を続け、メディアのインタビューも受けるようになった。プロになれるんじゃないかと言われていた最中、とうとうプロがプライベートで店にやってきた。
「………………………………投了します」
そして、それにすら勝ち、常連はますます盛り上がった。なんせ相手はただのプロ棋士ではない、現役のタイトル保持者だったのだから。めざせ竜王! と店内はどんちゃん騒ぎになった。
マスコミにも天才少年と取り上げられ、少年に注目されるなか、もう一人の天才少年が将棋カフェに現れた。
別の町で、同様に異常な強さで有名な子だった。天才同士は当然、対局をすることになった。対局が始まって数時間経ち、それでも天才同士の一挙一動が店の中にいた全員の心を奪っているとき、ふと、片方の少年の、将棋を指そうとしていた手が止まった。
ボッ
本当に、本当に一瞬で二人の少年が炎上した。
燃え上がった赤色が周囲の目を覆うが、それもまた一瞬。刹那の赤色のあとに残ったのは、真っ黒焦げになった少年二人と将棋盤、そして駒、そして黒い焦げを残して炎の柱が天井を突き抜けて、穴が空いた天井だった。
「はっ、ちょ……は!?」
全員が錯乱状態になるが、やがて一応の平静さを取り戻した店主が警察と救急車と消防を呼んだ。少年二人は即死。警察の調べによると、火元は駒のようだがなんでそれが燃え上がったのかはさっぱりわからないという。
*****
「あー、ありましたね」
さすがにニュースで話題になっていたのでその事件のことは知っている。この店だったのか。
「本当に駒が火元なんですかぁ? 人体発火現象の方がまだ納得できますって」
「駒……だと思う。多分呪われてるとか、そういうの」
神妙な顔で、常連は言いきった。
「俺はあのとき現場にいたけど……二人の遺体は真っ黒こげだったのに、全然焦げてない紙が二人の体の下から見つかったんだよ」
「紙?」
「印刷された説明書に、殴り書きがされてるものだ。製造番号っぽいもの以外は内容は同じ。
非科学的なことだとはわかるけどよ、あの子たちはあんまりにも強すぎるから、使ってたのがオカルト的な変な駒だったんじゃないかって思うんだよ。才能を授けてくれるような……」
これがコピーだ、と見せて貰った。
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アアッッッ!!!!!!
良くないよ良くないよドキドキさんちゃんと注意書きしてたもんね!!!!!!! 注意書きしてたもんね!!!!!!!!!!!!!!!!!! だからしょうがないよね!!!!
将棋はルールを守って楽しく遊ぼう!!!!!!!!!!
【負けず嫌いの将棋駒】使用説明書 (MKZ-SHO-0000562)
やっほー!!!!! ドキドキさんだよ!!!!!
倒せ竜王! 目指せ竜王! これは負けず嫌いの将棋駒だよ!!!!!
この将棋駒はすっごく負けず嫌いなんだ!!! この駒は将棋のルールにしたがってどんなことも勝とうとするんだ!!!! どこにどんな駒を置けばいいかビビッと頭に教えてくれるよ!!!!!!!
この駒で将棋を続ければどんな子供でも最強になれるよ!!!!!!
【注意】
・普段は柔らかい袋にみんなを入れてあげて静かなところで寝かせておいてね!!!!
・ごはんはキャベツとかレタスとか葉物野菜だよ!!!一セットにつき一日一枚あげてね!!!
・お風呂は嫌いだから汚れを取るときはウェットティッシュとかで優しくしてあげてね!!!!!! 噛むよ
・負けず嫌いだから勝ち筋が見えないと自害しちゃうよ!!! しょうがないね!!!!
・「負けず嫌いの将棋駒」同士で対局しないでね!!! 多分自害するよ!!!
製造元 ↑↑↑!!!遠いね!!!↑↑↑
販売元 オンラインショップ dokidoki-san.cm
いじったひと ドキドキさん!
*****
「っていう話を聞いたんだけどさあ」
この前将棋カフェで聞いた話を三島に話す。
「お化けが売ってたんじゃねえの。そんな変な駒」
異常な天才少年と謎の自然発火と謎説明書。お化けが異常な物品を売りさばいているのなら分かる。
「かもね」
「ホラー漫画にあるよなー。はた迷惑なグッズ売るやつ」
そうだね、と三島は指折り数え始めた。
「まあ……そういうの売るお化け、知ってるだけで20人くらいいるし」
「……日本に?」
「仙台に」
「…………多くねえ?」
「東京にはもっといっぱいいると思うよ。変なところで変なもの買わなきゃいいんだよ」
「そうだけどさあ、もし普通の」
「ところでさ」
俺の言葉を遮って、三島がジト目でこちらを見る。
「……そこ、私のお父さんが通ってるところだけど、知ってて行ってる?」
将棋に興味なんてないくせに、と睨まれてしまった。
「そりゃそうだ」
ふふふふふ、と笑いが漏れる。
「だってだってだってお義父さんとは仲良くしておかなきゃいけないだろ? やっぱさあ、付き合ってから仲良くなるより付き合う前から仲良くするほうが簡単だと思う」
「…………外堀埋めないで」
ああ、好きな娘の言うことだけどそれは承服しかねる。「親の反対」なんて厄介な障害は早めに対処しておくほうがいい。
「そんな理由でいわく付きの場所に通うなんて、お化けと関わり合いになっても知らないんだから」
「死んだのお子さまが二人だけだぜ。どうにでもなるだろ」
「そっちじゃなくて、変なもの売るほうね」
はぁ、とため息を一つ。
「"欲しいものがある人"に敏感だよ、その手のお化けは。気がついたら誘われてるの」
「自力で手に入れますぅ」
「洗脳とかされたら嫌なんだけど……」
「それは愛じゃないから俺だって嫌だ。安心しろって洗脳するなら気に食わねえやつにしかしねえから」
「気にくわない人にはするんだ……」
「おう」
だって、そのほうが楽だろう。人の生き方にごちゃごちゃ言ってくる鬱陶しいやつは多いのだ、まったく。
……洗脳かあ。面白そうでちょっと欲しいかも。
*****
ふるふる、とスマホが震える。鞄のそこにあるそれに、誰も気づかない。SNSやアプリの通知のアイコンを蹴散らして、一つのアイコンとメッセージが画面に浮かび上がった。
『【dokidoki-san.com】職業体験シリーズ新商品「悪の科学者ごっこ改」入荷!100%オフ!!!急げ!!!!!』
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