学校のマビキ

「ねえねえ、怖い話しようよ」


 休み時間に、友だちの一人がこう語りかけてきた。次の授業の算数の教科書を用意していた私は顔を上げた。

「えー、どうしたの」

「親戚のお姉ちゃんから聞いたの。学校にはね、“マビキ“がいるんだって」

「マビキ?」

「なんか、お化けみたいやつ。いじめっ子とか、乱暴な子とか、学校にいらない人を連れてっちゃうんだって」

「えー、そんなのウソだよー。それだったら、いなくなってなきゃおかしいやつ、いっぱいいるもん。イヤミの沙紀とか、エロの渡辺とか」

「アハハ、たしかに」

 ただの日常の一ページで終わるはずだったそれは、バン、という固い音で強制終了した。

「静かにしなさい!!!」

 黒板のほうを見ると、教卓に手を乗せた担任の姿。もう来ていたのか。まだ休み時間は終わっていないのに。

 ああ、またいつものが始まる。

「まったくあなたたちはいつもいつもなんでこう騒々しいんですか!!!! いつも言っているでしょう! 静かにしなさいと! 日本語が分からないんですか!」

 ヒステリー、というやつなのか、担任はやたらと怒る。普通の先生では絶対怒らないようなことでも怒る。怒鳴り散らして、時には授業を放棄したりもする。

「世界には学校に通えない子供も多くいます! あなたたちは幸運です! なのにこの体たらく! 恥を知りなさい!」

 世界には、とか、アフリカには、とかそういうフレーズが好きなのかよく使う。使って、私たちを貶める。

「反省しなさい! 反省したら職員室に来るように! そうしないと授業をしません!」

 さんざんわめちきらして、教室を出ていく。この後職員室まで謝りに行かないと本当に授業をしないのだ。お給料を貰っているのにそれでいいんだろうか、と思う。

「……?」

 担任が教室の扉を閉める刹那、ちらりと変なものが見えた。

 白い、手のような。

 そんなものが、どこからかスッと伸びてきて担任に触れようとしているところが、見えた。

「…………?」

 まあ、気のせいだろう。気にもとめずに、私は怒鳴り散らされて陰鬱な気持ちがこもったため息をひとつついた。


 それが、担任を見た最後のとき。

 担任は職員室に戻らず、それ以来行方不明だ。しばらく教頭先生が担任の代わりをしていたが、やがて新しい先生がきて、また日常が始まった。新しい先生は優しくて、ようやく私たちはまともな学校生活が始まった気さえした。

 前の担任がどうしていなくなったのかはわからず、学校前の電柱に貼られた行方不明者のポスターは、ただただ朽ちていくだけだった。


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