真っ黒の家
町の片隅に、真っ黒の家がある。
それは黒い素材を使っているとか、黒い塗料を使っているわけではない。元は白い壁に青い屋根の家だった。
でもその家の壁をよくよく見ればわかるのだ。
『思考盗聴反対』
『全部わかっているぞ』
『電磁波遮断装置 電磁波遮断装置』
つまりはそういう家だった。
ガーデニングが趣味の女の人が一人、けっこう小さい家の大きさの割には広い庭目的で住み始めたらしい。最初数年はまともだったそうだが、いつの間にかこうなっていた。
そして今は。
「……………………………………」
じっと見ている。
常にカーテンは閉めていて、でも常にどこかの窓のカーテンを少しだけめくってじっと町を見張っている。時には一階から、あるときは二階から。
特に暴れたとかそういう問題はないが、ただただじっと町を監視している。不気味で、みんなその家の近くは通らないようにしている。
「やっぱいいよな!」
ただし、物好きは別だ。
物好き、もとい不動くんはパシャパシャと写真を撮っている。もともとグロテスクなものが好きな悪趣味な子だが、こっち方面もカバーしているらしい。
「………………」
私はといえば、無言。
「とっておきの場所に連れてってやるよ!」とえらく自信満々だったから、雰囲気の良い店にでも行くんだろうかと思い、せっかくだし買ったばかりのかわいい靴を履いてきたのに連れてこられた場所がこれである。ふてくされている。
「ねえ」
「うん?」
「あれ、見えてる?」
「おう。まあこっち見てるだけだし」
カーテンの隙間から、じっと家主はこちらを見ている。
家の主。きっと何かしらで精神を病んだ哀れな人。みんなそう思っている。
私には、お化けがこっちを見ているとしか思えないけど。
あの家にいるのは目が何百とあるお化けだ。二階建ての家中にみっちりと詰まるほどに大きい、肉肉しいお化け。一階や二階に移動して見ているのではない。家中にみっちりと「目」があるのだ。
珍しく普通の人にも視えるタイプのお化け。もっともカーテンがチラリとめくれたところだけが外の人から見えるから、他の人には時には一階から、あるときは二階から監視しているようにしか見えないのだけれど。
あのお化けがなんなのかはわからない。元の家主を殺して自分が主になったのか、密かに元の主が引っ越したあとにやってきたのか、それとも女の人がお化けになってしまったのか。
わかるのは、怪文書に包まれた家からじっと町を監視するお化けがいるということだけ。
家が纏う、怪文書。お化けも、元の家主が精神を病んで書いたのだろうか。
それとも、お化けが精神を病んで、電波を恐れているのだろうか。
「いやー、撮った撮った」
不動くんは満足げにスマホをしまう。
「よし! 行こうぜ!」
「………どこに。また変な場所?」
「いやいやいやいや。ちゃ~んととっておきのいい店連れてってやるって。せっかくピッカピカのおろしたての靴履いてきてくれたもんなあ?」
「分かってるならなんでこっちに連れてくるかなあ………」
「だって撮りたくなったんだもん」
テへ、とか言っている尻をはたく。
「ほら、この家は変化してくから撮りたい時ときが撮り時でさあ」
「……ねえ」
「ん?」
「この家の文字、増えてるの?」
「おう。そこの、『全部わかっているぞ』とかいうの、この前なかったぞ」
そうか。じゃああの肉肉しいお化けが書いているのか。
「……………………………」
「どうした?」
「いや、いいや。行こう」
精神が病んだお化けの家。町の人は精神を病んだ「人」がいると思っている家。
今は家に閉じこもっているけど、お化けが精神をもっと病んで、何か思考を曲げて家からでたらどうなるのだろうか。
「ママー、おやつ買ってー」
「はいはい。良い子にしてたらね」
何も知らない親子連れの横を通りながら、危うさを秘めた家を背に、私は新しい靴で一歩を踏み出した。
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