首吊りの縄

 ある日、突然変なものが見えるようになった。


 空に浮かぶ、首吊りの縄。

 先が輪っかになっているそれは雲から垂らされていて、晴れの日も雨の日も風の日も、微動だにせずぶら下がっている。

「? あそこになにかあんの?」

 友達にさりげなく聞いてみたが、何も見えていないようだ。僕だけに見える首吊りの縄。随分と不吉なものが見えるようになってしまった。

 常に見えているわけではない。ただたまにふと視界に入る。

 害はないし、突然視界に現れた異物故か、見つけるとつい視線を送ってしまう。そんな日々。

(あ、まただ)

 とある日、待ち合わせ場所でぼんやりと友達を待っていると、また首吊りの縄を見つけた。青空にぽつんと浮かぶ、死の象徴。

 暇なので、ただなんとなく見ていたら、とんとん、と肩を誰かに叩かれた。

「え?」

 振り向くと、ずいぶんとかわいいが無表情の女の子が右手で僕の肩を叩き、左手で自分の首を指さしている。

 自分の首になにかあるのかと触れてみれば、そこには、縄の感触が。

「うえぇ!?」

「……………」

 僕が驚いて声をあげると、縄が首から外れてふっと空気の中に溶けるように消えていった。さっき見ていた縄とは別のもののようで、見つめていた空中の縄のほうは、相変わらず空の中で微動だにせず存在している。

「『あれ』がなんなのかなんて、具体的には知りませんけど」

 女の子が、口を開く。

「『あれ』はいくつもあるし、見つめてたりすると他の縄がやってきて、締めてきますよ」

「……………」

「見ない方がいいですよ」

 それだけ言って、無表情の女の子は少し離れたベンチで待っていた男のほうへと行き、何か話しながらどこかへと移動した。

 それ以来、首吊りの縄を見つけてもなるべく見ないようにしていたら、そのうち見るようなことはなくなっていった。

 あれがなんなのか、今ではまったく分からない。

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