狂っているのは
あの子はおかしい子だから、とよく言われた。
おかしい子、痛い子、そういう子。"霊感"があって、集団に馴染めなくて、無口で何を考えているのかよくわからない子。
だから、一人で生きる力を身に付けなければならない。
「えっ…… 本当に? ここを?」
「そりゃもちろんいいけど……ものすごく勉強しなきゃなんないわよ」
両親に志望校を告げたときは驚かれた。成績は良い方だったが、難関校で有名なそこを目指すとは思っていなかったようだ。
「別にそこでやりたいことがあるわけじゃないけど、国立だし、そんなに遠くないし、学歴はそれなりに高い方がいいでしょ」
「そりゃそうだけど……大丈夫? 無理してない?」
「大丈夫だよ」
「そうか。……なら応援する。がんばれよ千花」
「うん」
両親に応援されて、有名難関大学を受けることにした。模試での判定はCか、ときどきBかといったところだ。
「…………………………」
休みの日は当然自室で勉強する。無言で、真剣に、真面目に。最近ではようやくA判定がでるようになってきた。ますます勉強に熱が入る。
「あ……」
休憩しようと伸びをすると、窓の外が目に入る。屋根に積もった雪を掘って、丸めて、妖精さんたちがどこかへ持っていっていく。
今日の空は紫と黄色のまだらだった。雲の上のどこから刺されたストローが地面を貫通して、何かを吸い上げている。それが終わったのかストローが引き上げられると、ストローが開けた"穴"にお化けや妖精さんたちが集まっていた。あれのあとにはいつも穴の奥に青く光る美しい鉱石があるのだ。本物を直接長く眺めていると美しさにとり憑かれて発狂してしまうが、そうならないように発掘のときは特殊なメガネをかけて持ち帰ったあとはその上を透明な樹脂のようななにかで薄く覆うのが定番らしい。
でも悪いお化けや妖精さんのなかにはその光に群がる妖精さんたちを食べようとしたり鉱石を横取りすることを目当てに集まってくるのもいる。もちろんみんなもそれは分かっていて、穴の周囲には武装した妖精さんやお化けがたくさんいる。場合によっては殺し合いが起こるのだ。
「………………………………」
そんな場所を、人間は普通に通り抜ける。だって何も視えないし、感じないから。きっと"穴"も見えないか、見えたとしてもなんの変哲もないただの"穴"だと補正がかかるのだ。
妖精さんやお化けは言っていた。そんなのは人間くらいだと。犬や猫といった動物も視えないことが多いが、視えなくとも肌で感じてなんとなく察することができる。
基本的に視えないし、感じない。感じたとしても、何故か自分たちの常識の範囲内のことだと脳が変換する。そんなのは人間だけなのだ。
だから、妖精さんは言っていた。人間は、変な生き物だと。
存在するはずの生き物が目の前にいても、見えやしない。何かの自然な現象が起きても感じることができない。自分たちだけで構築した"世界"に居続ける奇怪な生き物が人間なのだと。
「……………………………………………………………………」
おかしい子、痛い子、そういう子。"霊感"があって、集団に馴染めなくて、無口で何を考えているのかよくわからない子。ずっとそう呼ばれていた。
本当の"世界"の基準では、本当に狂っているのはそっちのほうなのに。
「はぁ……………………………………………………」
考えてもしょうがないことを考えてしまった。多分、疲れているのだ。
「寝よ……」
ベッドに横になる。受験もいよいよ山場を迎えるが、昼寝くらいいいだろう。英気を養うというやつだ。
狂った世界で生きるのは疲れる。他人と接するというのは狂人の視界と倫理と常識とものさしに合わせていかなければならないということ。それは本当に疲れるのだ。私はとっくに合わせることを諦めて"霊感少女"を自称して、周りと距離を置いているのだ。
でもこれからはそういうわけにもいかない。だから難関大学を出て、どうにかしてなるべく他人と直接関わらないような仕事につこうと考えている。
だって結局、私は人間なのだ。視える世界が違っても、人間として生きなければならないのだ。
そのために、考えてもしょうがないことを考えるのは止めよう。今は少し、休もう。少しでも、安らかに生きていくために……。
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